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赤の紋章 3

2013.08.13 (Tue)
 二千五百年前――。
 この島は元々、神が人間の世界を見に天空から降りてきたとき、羽根を休める為の小さな庭のような場所の一つだった。
 非常に神聖な場所で、生き物は植物だけで、木も生えていなかった。
 ここに近付こうとする人間の船は「死の海流」と呼ばれるものに流され、誰一人として島をその目で見ることは愚か、生還することもなかった。
 しかし、あるとき大陸の船が、風に流されて死の海流に近付いてしまい、その船は大破してしまった。
 生き残ったのは数人。その中には幼い女の子もいた。彼女の名はリアーナといった。
 そこへ現在の王家の先祖の親子が通りかかった。
 壮年の父親の名はバルトン、年若い息子の名はドニといった。
 死の海流に近いことも知らず、親子は小さな漁船に全員を乗せようとしたのだが、人数が多すぎ、結局みな海へと投げ出されてしまった。
 生き残ったのは11人。それでも、漁船の持ち主のバルトンが持っていた縄で全員を繋ぎ、離れ離れにならぬようにして、運を神にゆだねて祈り続けた。
 その願いを聞き入れたのが、この小庭を治めていたファリガーナという女神だった。
 必死に他の者を助けようとした漁師の親子、命懸で自分たちを救おうとしてくれた親子に泣きながら何度も礼を述べる大陸の人間たちの姿に心を動かされ、他の神々に内緒で禁じられた島へ導いた。

 それまで神々は、人間というものは互いに殺し合い、傷つけあい、動物や木々さえも切り倒し、優しさや愛のかけらも知らぬ愚かな存在とみなしていた。
 しかし、ファリガーナはそうではないと知った。
 夜が明けて、海へと流された全員が目を覚ますと、そこには多くの花々が咲き乱れ、見渡す限りの美しい光景が広がっていた。
 ほとんど全員が、自分たちは死に、天国へやって来たのだと思い込んだ。
 するとそこへ、ファリガーナの夫、アスターがやってきた。アスターは自分の意思で島にやってきたが、地位は最高神の御遣いにあった。
 「ここは人間の立ち入るべき場所ではない。いますぐ陸へ帰るが良い」
 と、彼は言った。
 しかし、帰ろうにも船は沈んでしまっていた。
 そこへ、ファリガーナが現れた。
 「この者たちはわたくしが導きました。この者たちの行いに、わたくしは心を動かされました。どうか、彼らに船を作る為の木々を植えるお許しを最高神にいただいてくださいませ」
 妻の嘆願に負け、アスターはそれを自分の権限で赦した。
 なぜなら、ファリガーナはアスターより地位が低く、ファリガーナの治めるものはアスターの治めるものでもあったからだ。
 そして神々の島で初めて木々の種が植えらた。
 木々は勢いよく生い茂り、十年も経つ頃には立派な大木に成長したものもあった。
 それも、神々の恩寵からの成長であった。

 その間に、ファリガーナは人間たちと親しくなり、彼らの本当の姿を知り、愚かしくもあれど愛すべき存在なのだと思い、彼らに愛情を持つようになった。
 アスターもそれを聞いて、次第に心をほぐし始めた。

 ところで、船が難破した当時九歳だったリアーナは、その頃には十九歳になり、年頃の美しい娘になった。
 漁師の息子ドニは娘に恋慕し、求婚した。
 リアーナは大陸から共にやって来た、現在の紋章官一族の始祖、エリオスに恋をしていたのだが、自分たちの命の恩人の求婚を断ることはできず、二人は夫婦になった。
 そして船が完成し、ようやく故郷へ帰れるようになったのだが、皆この島にすっかり憧れてしまい、帰りたくないと思いはじめた。
 バルトンは、今では長老と呼ばれていた。
 ドニとリアーナとの結婚で、二つの一族は一つになった。
 長老が、ファリガーナに願って言った。
 「この島はとても美しい。私どもは皆、ここを去りがたく思います。もし赦されるのであれば、ここで生涯をすごしたいのです。そして、大陸の皆にも、この美しい世界を共有したいと思うのです。このような美しい場所を、私どもの記憶にのみに残すのはあまりに惜しむべきことです」
 アスターは渋ったが、ファリガーナも彼らをここに留めたいと思った。
 「もともと、彼らを助け、僭越にもここで暮らすことができるよう、あなた様に願ったのはわたくしでございます。なにとぞ、もう一度わたくしの願いを聞き入れてはいただけないでしょうか」
 しかし、これはアスターの権限を超えることであったし、胸騒ぎを覚え、結局反対した。
 そこでファリガーナは最高神に直訴し、最高神は、ファリガーナからある条件を人間に下し、その誓いを守れれば人間がそこへ住まうことを赦した。
 ファリガーナは考えた。
 元々、神々が人間を悲しく愚かな存在と思うようになったのは、互いに殺し合い、傷つけあうことからであった。
 しかしファリガーナはこの十年で全ての人間がそうではないと知り、その上で、ある誓いを交わすよう長老に求めた。
 それは、

 「その島で人間の血を流し、麗しい大地を汚さぬこと」

 というものであった。
 今のファリガーナには、たやすいことのように思えたのだ。
 もちろん、一族にはそんなことをするつもりは全くなく、皆これを喜んで誓い、その島への人間の住む許可を得ることになった。
 まず、自分たちの無事を知らせに五人が大陸へと戻った。
 リアーナはすでに身篭っていたので、夫と長老と共に残った。
 彼らはより住み良い土地を求めて、島の中をあまねく旅した。

 大陸では、禁断の島に人が住めるようになったと聞くと、その恩寵に浸りたいと思うものが集まった。
 そして島で作られた船に乗り、二つの一族が、共に住むことを長老に許しを請うた。
 バルトンは、長い間これほど多くの人間と話すことはできなかったので、彼らとの出会いを喜び、そして一族に加わることも赦した。

 しかし、神と話した長老、バルトンに許可も請わず、会いもせず、勝手に住み着くようになった族もいた。
 長老の息子は何度も使者を送り、会いに来るよう求めたが、返事はこうだった。

 「神から許しを得たというのに、なぜ我らと同じ人間に許しを請わねばならぬのか。そなたらは赦され、我らは赦されぬなどということはあるまい。こちらはこちらで転地を開く」

 その後も交渉は続いたが、次第に先住のバルトンの一族は相手にされなくなっていった。
 そこでドニはその一族の数人を率いて、現在のオプタリエの北部へ赴いた。
 そこには、想像を絶する数の人間がすでに住み着いていたのだ。
 相手は、大陸随一の国の王族だったのだ。
 ドニたちは彼らの領土と主張する場所へ入ると、侵入者として捕らえられた。
 ドニは怒り、ついに剣を抜いてしまった。
 彼はもはや、この土地の全土を我が物としたい欲望に駆られていたのだ。
 そして争いが起こった。
 その場にいた長老の一族の一人がすぐに応援を頼みに走った。
 争いはやがて広まり、リアーナのいる村へも広がった。
 そこで記憶されたものは、剣の交わる音、人々の阿鼻叫喚、子供たちの泣き叫ぶ声、子供を失った母親たちの悲嘆に暮れた声、そして血の色と臭いだった。
 争いの最中、息子は禁戒を破った罪でもあるかのように、相手方の剣に命を奪われた。
 長老は、生まれたばかりの赤ん坊を抱いたリアーナと、もう一人、リアーナが恋慕していたエリオスを連れて最初に漂流した場所へ赴き、ファリガーナに許しと助けを求めた。
 このままでは一族は滅んでしまう。息子の犯した罪は自分がどんな方法ででも償うと、一心に祈ったが、アスターもファリガーナも、もはやこの土地を見棄てたように、現れることはなかった。
 しかし満月の晩、ついにアスターとファリガーナが現れた。
 ファリガーナのその表情は暗く、やがて口を開いた。
 「何ゆえわたくしとの契約を破ったのです。わたくしはあなた方を信じ、この土地を開きました」
 「我が息子の傲慢ゆえによるものです。罪は私が償います。どうか、この争いを止め、我が一族を滅亡からお救いください」
 バルトンは一心に祈った。
 「我らとの契約を破った上にまだ祈りがあると言うのか。傲慢さは親子のものだな」
 アスターも悲しげに言った。
 「よかろう。この島を開くよう最高神より取り計らいをいただいたのだ。しかしそなたにはすべての罪の償いをしてもらう。すべての償いを終えた折には、そなたら一族をこの国の王とし、民を守り、再び過ちの起こることのないよう、特別な恩寵を与える」
 「何なりと、お申し付けを」
 バルトンは安心したように言った。
 「脚をもがれた者の為に、脚を差し出せ」
 バルトンは目を見開いたが、やがて、持っていた木を切る鉈で、自分の脚を切り落とした。
 辺りには長老の絶叫が響いた。
 リアーナの抱く赤ん坊も、それと同時に泣き出した。
 リアーナも、夫の死と長老と呼ばれたバルトンの無残な姿に涙を流した。
 エリオスに寄りかかっていなければ立ってもいられない状態であった。
 エリオスは娘を抱き締め、さらに続く贖罪に耐えた。
 腕をもがれた者の為に腕を、目をくりぬかれたものの為に目を、舌を切り取られた者の為に舌を――。
 そしてついに、長老は息絶えた。
 しかし贖罪はまだ終わっていなかったのだ。
 最後に、ファリガーナが大粒の涙を流しながら言った。
 「子供をその目前で殺された母親たちの為に、その子の命を、母の手で殺めて差し出しなさい」

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