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帰る場所

2015.07.20 (Mon)
 帰る場所


 秋の月夜、ガルシアはトリストティリスの家に帰ってきた。
 この地を踏むのも何年ぶりか。
 「クラウス!」
 ガルシアが粗末な家の扉を開けると、中から彼の妻が飛び出してきて、彼に抱きついた。
 「カレン・・・」
 ガルシアは安心したように妻の身体を抱きとめ、きつく抱きしめた。
 「クラウス・・・ああ、無事で・・・良かった・・・」
 カレンは涙を流しながら、夫の帰宅を喜んだ。
 二人とも王族で、齢はすでに百を超えている。
 それでも二人とも、三十代の頃の容姿を保ったまま、その恩寵を享受していた。
 「ここへはどうして?」
 カレンは扉を閉め、涙を拭いながら尋ねた。
 「カルロスの息子が七つになる。七つの儀の立会いに来た」
 それと、と、ガルシアはカレンの頬に手を添え、口付けた。
 「お前に会いたかった」
 額と額をこつんと合わせて、二人は互いの無事を確認するようにしばらくそうしていた。

 「私達を紋章官一族に仕える者として、受け入れていただきたい」
 約九十年年前――。
 カレンの父親は、幼い娘を連れてオプタリエを越えてやってきた。
 カレンの父親、リディウスは、都で同族である王族を殺した。
 他の王族に手引きされて屋敷へと入り込んだ夜盗に妻を殺され、娘を守る為、リディウスも剣を取った。
 夜盗を殺し、それでも怒りと悲しみが治まらなかったリディウスは、その王族の元へ行き、その惨劇の元凶となった同族をも斬り殺し、罪に問われることになった。
 自分が捕まってしまえば、カレンには寄る辺がない。
 罪人の娘として、王族といえど、ひどい仕打ちを受けることになるだろうことは容易に想像できた。
 リディウスは着の身着のまま、返り血を浴びたその身のままでカレンを連れ出し、オプタリエの外へと馬を駆けさせた。
 そして、かつてこの国を追われた紋章官一族に仕えることを決め、今、ウェルバの長、ステファノスの前に跪いた。
 事情を聞いたステファノスは、いたく同情し、一族に加わることを許した。
 「しかし、リディウス、ここでの暮らしは罪人として生きるも同然だ」
 「承知しております。しかし、カレンを、どうか守っていただきたい。身勝手な願いだということも承知の上です。ですが、この子には何の罪もないのです。私はこれから、紋章官一族の皆様を守る為、この身と剣を捧げます」
 ステファノスはしばしの間沈黙していたが、同席していたガルシア一族の当時の当主に命を下した。
 「リディウスとカレンに寝食を。ここでの暮らしを教えてやれ」

 リディウスとカレンがオプタリエの外へやってきてから十年が経った。
 その間に、ガルシアの当主は寿命が尽きてこの世を去り、その孫のクラウスがガルシアを襲名した。
 ガルシアは、リディウスと共にステファノスの元へ行こうとしていた。
 「行ってくる、カレン。絶対に家の鍵を開けてはいけない」
 「わかってるわ。気をつけて」
 カレンは十八歳の成人になろうとしていた。
 ガルシアが近づくと、二人がそんな会話をしているのが聞こえてきた。
 小路を曲がるまで、カレンは父を見送ろうとしていた。
 そのとき。
 「危ない!!」
 ガルシアが叫んだのと、リディウスが振り向きざまに剣を抜いたのはほぼ同時だった。
 しかし、リディウスを襲った男が彼を斬りつける方が速かった。
 カレンには何が起こったのかわからず、ただ呆然と立ち尽くした。
 そこへ、その何者かが返す剣でカレンに向けて剣を振り上げた。
 しかし、今度はガルシアの斬り込みの方が速かった。
 胸を突き刺された、恐らく賞金稼ぎと思われる男は、地面に膝をついた。
 「何者だ」
 ガルシアはまだ息のある何者かに詰問した。
 「知ってる・・・ぞ・・・。お前達が・・・紋章官一族・・・だと・・・」
 やはり賞金稼ぎだったようだ。
 男は、嫌な笑みを漏らした。
 「俺の・・・仲間が・・・お前達を・・・狙っている・・・どんなときも・・・だ・・・」
 ガルシアは、男の胸から剣を引き抜いた。
 瞬間、血が噴き出し、ガルシアの手を赤く染め、彼は剣を振って血を払った。
 「それくらい、知っている」
 息絶えた男に向けて、ガルシアは吐き捨てるように呟いた。
 それから、ガルシアは急いでリディウスのすぐそばに跪いた。
 「リディウス」
 賞金稼ぎの男から浴びせられた太刀は、王族といえど致命傷となっていた。
 「カレン・・・すま・・・な・・・」
 リディウスはただただ呆然と立ち尽くすカレンに目を向けていたが、やがてその目からも生気が失せた。
 「いや・・・」
 カレンはようやく我を取り戻したようにリディウスに駆け寄った。
 「いや・・・お父様・・・置いていかない・・・で・・・」
 カレンは涙を流して父の亡骸にすがりついた。
 しかし幾度その名を呼ぼうとも、リディウスは冷たくなっていった。
 「いやあああああっ!!!」
 狭い小路に、カレンの絶叫が響いた。

 それからカレンは、ガルシア一族に引き取られ、そこで紋章官一族の為に働いた。

 それから数年が経ち、ガルシアがウェルバの警護から戻ると、カレンが出迎えてくれた。
 「お帰りなさいませ」
 膝を折ってカレンが礼をすると、ガルシアは居心地悪そうに外套を脱いだ。
 「ああ」
 ガルシアもウェルバに仕える身であって、正直、人から仕えられるということに慣れていない。
 それでもカレンは言葉少なに、ガルシアの外套を受け取ろうとした。
 そのとき、二人の手が重なり合った。
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 日陰に咲く花のように、カレンの美しさにはどこか陰りがあった。
 それでも、周囲の男達の目を惹き付けるだけの美しさは備えていた。
 手を重ね合わせたまま、カレンは思い切った行動に出た。
 「・・・ガルシア様」
 カレンはガルシアの手を取って、自分の頬にその手を添えた。
 まるで慈しむように。
 「・・・あなたを、お慕いしております」
 「・・・そんな穢れたもの、触らぬ方がいい。私の手は、あなたには想像もできないほど多くの人間の血を浴びてきた」
 カレンの言葉を無視して、ガルシアは手を下ろそうとした。
 しかし、彼女はぎゅっとガルシアの手を握ったまま、放そうとしなかった。
 「いいえ、私はあなたに命を助けていただきました。たとえ血に濡れた手であろうと、人を守ることもできる手だと、私は知っています」
 何ということを言うのだろう。
 今まで、自分は、紋章官一族に害なすものを殲滅させる為に人を斬る存在としか思っていなかったのに。
 「・・・カレン。あのときのことを言っているなら、それに対する謝意は必要ない。私はあなたの父上を守れなかった」
 「でも、ここまで私を守ってくださいました。・・・その手で」
 確かに、リディウスの死後、ガルシアはガルシア一族の当主として、カレンも皆も平等に守ってきた。
 正直、彼女が自分に想いを寄せていることにも気付いていたし、できることならその想いに応えたいと思っていた。
 しかし。
 「・・・私は、この紋章官一族は、絶対に生き延びるという約束ができない。しかしウェルバの一族の血は、絶対に絶やさせてはならない。彼らを守る為なら、私は命を懸けるし、己の平穏など望むこともしない」
 ガルシアはカレンの頬から手を下ろし、淡々と告げた。
 カレンはただじっと、彼の言葉に耳を傾けた。
 「あなたももう十分に苦しんだ。もうこれ以上、苦しまなくていい。・・・オプタリエの中に、私の伝がある。そこへ身を寄せた方がいい」
 「・・・いいえ」
 カレンは静かに口を開いた。
 「あなたとこの一族を置いて、自分だけ安穏とした生活を送ることこそ、私にとっては苦しみの道となるでしょう」
 「・・・カレン、あなたには何の咎もない。幸せになれ」
 「あなたのお傍に身を置くことが、私の幸せです」
 「・・・先ほどの言葉を聞いていなかったのか」
 ガルシアは苛立ちを隠せないように言った。
 「私はウェルバの一族の為に命を懸けると決めた身だ。あなたの傍にいるという約束は――」
 「していただかなくて結構です!」
 カレンは涙を流して大声を出した。
 その縋るような必死の姿に、ガルシアは呆気にとられた。
 「私は――、私は、あのときあなたに助けられていなかったら死んでいました。あなただけにその罪を背負わせることなどできません。私だって、あの男の命の上に立っているのですから」
 「一族を守るのが私の役目だ。あのとき私が剣を揮ったのを自分のせいだなどと思っているのなら、それは違う。謝辞など求めてはいない」
 「ならば私もあなたと共にこの一族をお守りします。たとえあなたがステファノス様と共にまた旅に出て、帰ってこないのだとしても、ずっとずっと、ここで一族をお守りします!いつまでもあなたを待っています!!」
 ばさりと、ガルシアの外套が地に落ち、カレンは彼に抱きすくめられた。
 「・・・カレン、気持ちは嬉しい。だが・・・、私は、あなたを苦しめたくない」
 「私は、欲深く、罪深い人間です。あなたに生きてほしいと願っています。あなたの背負うものが日に日に大きくなっても、いくつの命があなたの目の前で散ろうとも、それでもあなたに生きてほしいのです。でも約束なんていりません。私はあなたの手に守られたこの命で、あなたの帰る場所になりたい・・・そう、勝手に願っているのです」
 しばらくの沈黙の後、ガルシアが、ゆっくりと、かみ締めるように言葉をつむいだ。
 「・・・あなたの元に帰ってくる約束は、できない」
 「わかっています」
 「それでも、私と共に在りたいと・・・?」
 「はい」
 カレンは迷うことなく肯いた。
 ガルシアは彼女を抱きしめる腕にぎゅっと力をこめた。
 「ならば、この腕から逃れるな」
 普段も、先ほどまでも、非常に冷静で物静かな物言いの彼の口調が急に厳しいものに変わり、カレンはひどく驚き、目を見開いた。
 「決して放すな。この穢れた手を」
 「・・・はい」
 「もう、放さない。放してやらない。どこへ行こうと、どれほどお前と離れようと、私の心はお前のものだ」
 「ガルシア・・・様・・・」
 「クラウスだ」
 カレンの耳元でそっと囁き、腕の力を緩めた。
 「お前には、名で呼ばれたい」
 「クラウス・・・」
 泣き笑いのような表情で一瞬カレンを見つめたあと、ガルシアはゆっくりと彼女に口付けた。

 その後、ガルシアとカレンは、二人の娘に恵まれた。
 二人とも七つで紋章官一族に仕える選択をし、成人すると、同じ家門の家に嫁いでいった。
 それからも、カレンはガルシアの帰りを待ち続けた。
 このまま二人の寿命が尽きるまで、帰って来ないかもしれない。
 それでも良かった。
 神から授かった、この長寿の恩寵が尽きるまで、彼が無事に生き延びていてさえくれれば。

 ――私は、クラウスの帰る場所なんだから。

 そこへ、彼が帰ってきたのだ。
 カレンは、しばらくガルシアを抱きしめたまま動かなかった。
 ガルシアも、最後に触れてから十年は経つだろう妻の温もりに浸るように、彼女を放さなかった。
 「カルロス様は、なぜご子息の七つの儀に立ち会わないのです?」
 しばらくして二人が離れた後、カレンが尋ねた。
 「カルロスの妻のエリーナは、彼が出かけた隙に夜盗に襲われて命を落とした。・・・彼は、息子に会わせる顔がないと思っている」
 「そんな・・・」
 「私もしばらくはウェルバの家に留まることになるだろう。ここへも帰ってくる。・・・お前の元に」
 ガルシアは優しく微笑み、その黒髪をすっと梳いた。
 「・・・ありがとうございます!!」
 満面の笑みで礼を言った妻に、ガルシアは苦笑を漏らした。
 「お前が礼を言うようなことではないだろう。・・・礼を言うのは私のほうだ。待っていてくれて、感謝している」
 「私は、あなたの帰る場所ですから」
 これでまでも、この先も。
 だから、どうか、どうか生きて――。
 カレンはガルシアの手をぎゅっと握り、祈り続けた。
 この人に、どうか幸せな未来を――。





あとがき。
というわけでガルシア夫妻の馴れ初めのお話でした。
・・・なんか不完全燃焼。

「そんな穢れたモノ触るんじゃないよ。君になんか想像できないほどたくさんの命を奪った手なんだから」

っていう台詞を、某ゲームのキャラで二次創作して言わせたかったのですが、ガルシアに持ってきました。
てなわけで口調も変わる。
ガルシア夫妻は、ベルスの動乱を生き延びます。
ガルシアは暴動のあと、残された寿命を使って、うん、ネタバレになるからやめようかな。
もしかしたら、このお話書き直すかもしれません。
二話くらいに分けて。
そのときはまた読んでやってくだされ~。


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