エレナ 5

2013.05.05 (Sun)
 数年前――。
 エレナがまだ、自分の為に賞金を稼いでいた頃だった。
 追っ手に追われ、逃げ込んだのがこの孤児院だった。
 エレナはそこで、目も当てられない光景を見た。
 ボロボロのぼろ切れをまとい、痩せこけた子供たち――。
 エレナはサルトゥスの悲劇以来、自分自身も孤児だったが、あるときから環境には恵まれていた。
 おかげでこんな姿になることはなかった。
 エレナはそれ以来、王族の献上品を積んだ荷馬車を襲っては、それを足がつかないように金に換え、この孤児院に寄付するようになった。

 「私は、本当は知っているんです」
 神父が言った。
 「あの方が、危険を犯してここの子供たちの為に金品を下さっているのだと。自分の暮らしもあるでしょうに、自分のことはいいからと言って聞かず・・・。いつかあの方が、本当に危険な目に遭うのではと、恐れているのです」
 「彼女は・・・」
 ジェフは考えながら言葉を紡いだ。
 「私にとっても特別な存在です。そばにいられる間は、可能な限り守りましょう」
 「・・・よろしくお願いします・・・。彼女は、神のご加護をと言っても、神は信じないと・・・」

 ゆうべ、エレナが編んでいた小さな靴下。
 あれも、孤児院へ寄付する為のものだったのだ。
 子供たちのために剣を揮い、子供たちの為に手製の服や小物を作り、子供たちと接している姿は、まさに女神そのものだった。
 
 エレナは孤児院を離れ、苗売りの屋台へやって来た。
 そこで、不思議な形をした苗をいくつか買った。
 そして、再び海へ向かった。
 今にも崩れそうな海岸の泥沼に、エレナは汚れるのも構わずじゃぶじゃぶと入っていった。
 そして、丁寧に苗を植えていった。
 「ここは・・・?」
 見渡す限り、似たような木が植えられていた。
 「・・・私なりの贖罪よ」
 「まさかお前――」
 「自分と仲間の命が危ないとき以外、人を殺めたことはないわ。だけど、どうしても仕方がなかったときは・・・、こうして、殺した人数分だけ苗を買って植えるの。ここはまだ人が住める場所じゃないけど、この木が大きく成長する頃には、地盤もしっかりするはずよ。何百年先になるかわからないけど・・・。この景色を見て」
 エレナは笑顔でジェフを振り返った。
 「海が良く見えて、綺麗な場所だわ。ここに人が住めたら、さぞ幸せでしょうね。・・・そんな人間の高望みが、この島の惨劇を招いたのね・・・」
 エレナは呟くように言った。
 ジェフは覚悟を決めた。
 正統な王位継承者であるエレナが、これほどまでに人を殺めていたとは――。
 王家の滅亡の日は近い。
 
 「だれか!!」
 女性の悲鳴が聞こえる。
 「誰かこの子を助けて!!」
 阿鼻叫喚の中、剣のぶつかり合う音、子供たちの泣き叫ぶ声が聞こえる。
 「『そなたらの行いへの報いに――』」
 「『―――・・・を・・・―――』」
 「『私にはできません――』」
 「『その代わりに――』」
 目の前に血の海が広がる――。
 
 「――レナ、エレナ!!」
 エレナはハッと目を覚ました。
 頬を涙が伝い、呼吸は浅く乱れていた。
 「酷くうなされていた・・・」
 悪いが部屋に入らせてもらった、と、起こしに来たジェフが言った。
 「何でもないわ・・・」
 エレナは震える身体で起き上がった。
 「ただの夢よ・・・」
 「・・・・・・」
 窓の外を見ると、満月が青白く輝いていた。

 次の朝、エレナはぼんやりとしていた。
 なぜ満月の晩にいつも悪夢を見るのか――。
 いつの頃からか、自分の悲鳴で目を覚ますのは、決まって満月の晩だと知った。
 ジェフに相談してみようか・・・。
 知らない戦場の夢を見ると・・・。
 エレナは首を振った。
 ――ただの夢よ・・・。
 「エレナ」
 ジェフに声をかけられて、エレナは我に返った。
 「何?」
 「大丈夫か。ぼんやりしていた」
 「何でもないわ」
 「なあ、聞いてもいいか」
 「何?」
 「昨日海で、「人間の高望みがこの島の惨劇を招いた」と言っていただろう?覚えてるのか?」
 「覚えてるのかって・・・」
 エレナは呆れたようにため息をついた。
 そして、ふと思い当たった。
 「『あんたが変な本預けて行ったんでしょう!』」
 古代語だった。
 ジェフは驚いた。
 「『まだその言葉が話せるとは思わなかった』」
 「『あんたが子供の私に壮絶なもの読ませるから、私は毎度毎度悪夢を見るようになったんだわ!!』」
 そうに違いない。
 ジェフがエレナに書いた古代語の本には、この国の歴史が綴られていた。
 「読めるお前がすごいと思わないか」
 「面倒くさすぎて死ぬかと思ったわよ」
 「なぜお前がそれほど頭が良いのか、気になったことはないか?」
 「え?」
 エレナはきょとんとした。
 「普通、あの言葉を独学で学ぶのは紋章官一族だけだ。俺だって祖父に手伝ってもらった」
 「・・・だって、あんたが読み聞かせして行ったじゃない・・・」
 そういえば、なぜ夢の中の声はあの言葉を話しているのだろう?
 「お前は――」
 そのとき、どんどんと扉がノックされる音がした。
 またか――。ジェフはがっくりと肩を落とした。
 満月の晩の話から入れば、エレナも自分が王家の人間であると受け入れてくれるかと思ったのに、肝心なところで必ず邪魔が入る。
 「ウィルだわ。こんな朝に何かしら」
 エレナは立ち上がって扉を開けた。
 「ウィル」
 「・・・あいつまだいたのか」
 ウィルは忌々しげにジェフを見た。
 「どうしたの?こんな朝早くに」
 「帆が出来上がった。見に行かないか?」

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