プロローグ 2

2014.12.01 (Mon)
 「じゃあな、俺はこいつを送っていくから」
 「ええ、気をつけてね」
 次の朝、ウィルは施療院の二人に見送られて、フリーギダへの帰路に着いた。
 アールとアリスは、やせこけたウィルを心配そうにいつまでも見送っていた。
 アールが厚意で、村人たちに何かあったときの為に、傷薬や解熱剤を持たせてくれていた。
 その途中、後ろから声をかけられた。
 「ルーサー」
 振り向くと、彼の兄、ルーカスが立っていた。
 「よう」
 「そっちの具合はどうだ」
 「国からはまだ何の連絡もない。それより食糧がもう何もない。この間サルトゥスとウェトゥムから運んだ食料もみんななくなっちまっちまった。年よりも子どもも限界がきてる・・・」
 「そうか・・・。俺も今の仕事が一段落したら、またフリーギダへ行くつもりだ」
 「わかった。フィオナにもそう伝えておくよ」
 フィオナとはルーカスの妻である。
 「ああ。よろしく頼む。そのボウズは?」
 ルーカスはウィルを見やった。
 「フリーギダの子だ。妹がひどい熱を出して、アールに薬を分けてもらいにきた」
 「なるほどな」
 ルーカスはウィルの前にしゃがみこみ、ぐりぐりと頭を撫でながら言った。
 「大変な思いをしてるだろうが、俺たちサルトゥスも、できる限りのことは協力する。だからちゃんと生きるんだぞ」
 「はい」
 「じゃあな。俺はこれから材料を受け取るから」
 そう言って、木工職人であるルーカスは工房のほうへと歩いていった。
 
 その日暮れごろ、ウィルはルーサーと共にフリーギダに戻ってきた。
 アールの薬は抜群に効いて、マルヴィナの熱はすぐに下がった。
 「ありがとう、ウィル。よく行って来てくれたわね」
 母親がウィルを抱きしめた。
 「みんなにもって、施療院の先生が薬いっぱい分けてくれた」
 「アールね。本当に優しいんだから」
 父親は坑道で寝泊りし、母親だけが家に残っていた。
 貧しかった。
 フリーギダは飢饉に陥り、満足な生活などできなくなっていたのだ。
 長雨が終わったと思ったら、今度は日照り続き。
 土地に多く塩分を含むフリーギダで採れる食物も枯れ果てていた。
 アリスが内緒で分けてくれたパンを、母親とマルヴィナの三人で分け合って食べた。
 静かな夜だった。

 次の日も、かんかん照りの天気だった。
 大地は乾き、獣道も滑りやすかった。
 ウィルは山の中で、その日食べるものを探していた。
 何でもいい。妹と母親と自分が食べられるものがあれば――。
 「わっ」
 獣道を歩いていたウィルは、ずるっと滑って転び、そのまま山深くへと転がり落ちてしまった。
 「いってー・・・」
 幸い、手を擦りむいたくらいで怪我はない。
 問題は、自分が今どこにいるかわからなくなってしまったことだった。
 
 ウィルはそのまま歩き続けた。
 途中、運よく木の実を見つけてそれを食べ、持っていた袋とポケットに入るだけ詰め込んだ。
 やがて夕闇も迫ってこようという頃、ウィルは何か大きなものが高いところから落ちる音と、人の悲鳴を聞きつけた。
 そちらの方へ走っていくと、見慣れた獣道に出た。
 ようやく家へ帰れる――。
 ウィルは家へと急いだ。
 しかし――。
 村はパニックに陥っていた。
 落ちてきたのは貴族の馬車で、荷車には彼らが道楽で飼っている肉食の獣が乗っていたのだ。
 その年はどこも飢饉の寸前で、獣にやるような餌がなかった。
 飢えた獣は壊れた荷車から飛び出すと、手当たり次第に人を襲い始めた。
 しかも、その数の多いこと。
 ほとんど閉鎖されたも同然のこの谷に、逃げ道はなかった。
 「母さん!!」
 家には母親もマルヴィナもいなかった。
 阿鼻叫喚の中、人々は逃げ惑い、獣から逃れようと必死に走っていた。
 「母さん!!」
 ウィルも必死に母親の姿を探した。
 しかし、どこにもその姿を見つけることができなかった。
 馬車が落ちてきたのは坑道のすぐ近くだという。
 ウィルは父親が心配になりそちらへ向かおうとしたが、村人に止められた。
 「だめだウィル!!坑道の方はもう――」
 「そんな・・・」
 「ウィル!ウィル!!」
 ルーサーだった。
 「一刻も早くサルトゥスヘ行け。サルトゥスにフリーギダに近づくなと伝えるんだ!!」
 「ルーサー、あんたは!?」
 「リタと子供が見つからない。見つけるまで俺はここにいる。お前の母さんと妹も探しておくから、お前はサルトゥスヘ――」
 「いやだ!俺も残って二人を探す!!父さんはもう死んだんだろう!?」
 ぐっとルーサーは言葉に詰まった。
 「ウィル!」
 そのとき、ずっと遠くから母親の声がした。
 「ウィル!!逃げなさい!!逃げるのよ!!」
 「母さん!!」
 ウィルが走り出そうとすると、母親はマルヴィナを抱きかかえたまま、前のめりに倒れこんだ。
 獣がその背に圧し掛かっていた。
 「母さん!!」
 「行きなさい!!早く!!」
 母親はあっという間に獣に喉首を噛まれて息絶えた。
 「母さん!!母さん!!」
 「ウィル、行け!!」
 ルーサーが悲痛な叫びを上げるウィルの手を引いて子供一人が通れる獣道に押し込んだ。
 「兄貴に伝えてほしい。必ず帰ると」
 「ルーサー・・・!俺・・・!!」
 ウィルはもうどうしたらいいかわからなかった。
 母親も妹も守れなかった。
 今自分にできることは、サルトゥスヘの伝令――。
 「行け!!」
 ルーサーに背を押されて、ウィルは走り出した。

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