最初で最後の

2015.03.01 (Sun)
 「ウィル!!」
 走ってきたエレナが、泣きながらウィルを抱きしめた。
 「無事でよかった・・・!!」
 「お前こそ」
 息を弾ませ、その柔らかな身体を抱きしめ返しながら、ウィルは言った。
 これから彼女の命が消え行くと思うと、ウィルの腕にはいっそう力が入った。
 「お願い、みんなを止めて。もうやめて!!」
 暴動の話はエレナにも伝わっているのだろう。
 そして自分が王女であると知った今、彼女の心は千々に乱れているはずだ。
 誰よりも王族を憎んでいたエレナが――。
 その悲痛な声から、エレナがどれほど皆を想っているか手に取るようにわかるようだった。
 「もう誰にも止められない。お前以外には」
 自分自身、残酷なことを告げている事実はわかっていた。
 しかし、エレナはもうこれ以上皆が傷つき死んでいくのを決して赦さないだろう。
 「行くぞ!!」
 ウィルはエレナの手をつかんで走り出した。
 これからジェフに引き合わせなければならない。
 そして、エレナがどんな選択をするのか――。
 考えずとも容易に想像はついたが、ウィルはやはりエレナに死んでほしくなかった。
 このままエレナを連れて逃げ出そうか――。
 そんなことを一瞬考えた。
 しかしそれはすぐに頭から消えた。
 いつかそう思ったように、何も知らずに自分だけ逃げたのだと知ったときこそ、彼女は絶望するだろう。
 何より、この戦いを誰より止めたがっているのはエレナだ。
 それができるのはもう彼女しかいなかった。
 そのとき、回廊の角から王族と見られる衛兵が現れた。
 「いたぞ!」
 「王女だ!!」
 衛兵は口々に叫び、こちらへ走ってきた。
 「くそっ」
 ウィルはエレナを後ろへ押しやった。
 「この先の玉座の間にジェフがいる!!行け!!」
 「いやよ!!あなたを置いていけないわ!!」
 こらえきれずにウィルは振り向き、エレナに口付けた。
 唇を離すと、ぼろぼろと涙をこぼすエレナがいた。
 その涙、その姿のなんと美しいことか。
 この女性を手にかけることなど絶対にできない――。
 「本気で愛してたんだぜ?」
 エレナの涙を拭い、ウィルは笑った。
 自分はおそらく、ここで死ぬだろう。
 しかしそれはもはやどうでもよかった。
 エレナを逃がして幸せにしてやることができなかった。
 それだけが悔やまれた。
 「行け!!」
 ウィルは力強い声でエレナの背を押し、走ってくる王族に向けて剣を構えた。
 一歩、二歩と、エレナが後ずさりして、やがて走っていく足音が聞こえた。
 ウィルはその足音が遠ざかってから一瞬だけ彼女を振り向き、その後姿を目に焼き付けた。
 そしてこれから自分を殺すであろう王族に、猛然と斬りかかっていった。
 走ってきた王族は三人。
 それでもウィルは、エレナが逃げるだけの時間を稼いだ。
 エレナと何度も打ち合いをしているうちに、彼もまたその剣技を磨いていた。
 しかし、腕を斬りつけられ、剣を取り落とし、そして、胸から腹にかけて袈裟懸けに斬られ、最期に胸を剣で突き刺された。
 口から溢れた血が床にこぼれるのが見える。
 それでも、ウィルのまぶたに焼き付いていたのは、走っていくエレナの後姿、涙、そしてどこか悲しみの入り混じった笑顔だった。
 ああ、お前は人を殺して平気なわけじゃなかったんだ。
 今になってお前の笑顔の裏が見えるなんて、俺は今まで何を見ていたんだろう。
 ごめんな、気付いてやれなくて。
 彼女と過ごした日々の残像が走馬灯のように蘇った。
 そして不意に、ずっと昔、サルトゥスで見かけた少女のことを思い出した。

 「エレナ、ウィルだよ」

 薄れゆく意識の中、アールの声が聞こえる。
 ああ、あれはお前だったのか。
 俺達はずっとずっと幼いときにもう出逢っていたんだ。
 お前は覚えているだろうか。
 覚えてないだろうな。
 俺だって今この瞬間になって思い出したんだ。
 だけど俺にとってはお前が、最初で最後の――。

First and Last
最初で最後の


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