エレナの贖罪

2014.12.09 (Tue)
 初めて人が人を殺す場面を目にしてから、ウィルにも「守る」という言葉はどういう意味を持つのかが見えてきたように思えた。
 ドルアレスの苗売りに向かっている現在、ほとんどあり得ないことではあるが、もし盗賊や夜盗が自分たちを襲ってきたら、その輩を殺してでもエレナを守りたいと思うようになった。
 「難しい顔してどうしたの」
 そんな決心をしたウィルの顔を、隣を歩いていたエレナが覗き込んだ。
 「今度こそ決めた。お前のことは俺が守る」
 「だから、あんたと私でどっちが強いと思ってんの」
 もはやお決まりのやり取りになってしまったが、ウィルの決心は変わらなかった。

 ドルアレスに着くと、エレナはウィルが指し示した不思議な形をした苗を三つ買った。
 「この木はフリーギダでもよく見かけた。日照りにも強いみたいだ」
 「じゃあ私はこれから海に行くから。ここまで連れて来てくれてありがとう」
 「俺も行く」
 「どうして」
 「もう午後だ。帰る頃には日も暮れるだろ」
 「だから、そんなに心配してくれなくたって、私にはこの子がいるんだから――」
 と、エレナは腰に下げたウィルの鍛えた剣をぽんぽんと叩いたが、ウィルは頑として家路につこうとしなかった。
 「何度も言わせるな。お前のことは俺が守る」
 エレナは呆れたように笑って、黙って歩き始めた。
 
 オプタリエを抜けて海岸沿いにしばらく歩くと、よく開けた景色の良い干潟に出た。
 エレナは濡れるのも構わず、じゃぶじゃぶと海の中に入っていくと、丁寧に抱えていた苗を一つ一つ植えていった。
 そして、ウィルの見守る中で静かに黙祷を捧げたあと、エレナは振り向いた。
 「ここ、綺麗な場所でしょう」
 「ああ」
 「今はまだ地面がぬかるんで人が住める状態じゃないけど、こうやって木を植えていけば、この木が大きくなる頃には地盤もしっかりするはずよ。・・・自己満足でしかないけど、私なりの贖罪よ」
 「お前、ここがいっぱいになるほど人を殺す気か」
 ウィルはぼそっと思ったことを呟いた。
 「そうは言ってないわ。別に誰か殺さなくても、ときどき植えに来ればいいでしょ」
 エレナは困ったようにくすくす笑いながら返事をした。
 ウィルはまだ気付かなかった。
 エレナの笑顔には、いつも陰りがあること、計り知れない悲しみが隠れていることに。

 帰る頃には、ウィルが言った通り、日もとっぷりと暮れていた。
 まだオプタリエの中には入れていない。
 ここは盗賊や夜盗の巣窟だ。
 「急げ。危ない」
 「はいはい」
 エレナは大した危機感も持たずに気軽に返事をした。
 「ところで、お前どうしてリエンゼルの花を使おうと思わないわけ?死人にはリエンゼルを手向けるって世界的常識だろ」
 リエンゼルとは、世界中で死者に手向けられる真っ白な花で、この国、ベルスの紋章にもなっている花だ。
 「私、あの花嫌いなのよ」
 エレナは静かに言った。
 「あの花を見てると何だか胸騒ぎがして・・・」
 「綺麗な花だけどな。人それぞれか」
 そう言って通り過ぎていく二人の足元に、リエンゼルの花が花開こうとしていた。

前へ       次へ

本編はこちら
赤の紋章タイトルバナー


にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

トラックバックURL
http://rainy0dusk.blog.fc2.com/tb.php/673-a67ff11d
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top