凶器を生む手

2014.12.08 (Mon)
 三日後、ウィルはエレナを連れて、街道からそれた野山を歩いていた。
 街道は騎士団が検問を行っていたり、仮にも盗賊団の一味である二人が下手に街道を使うことは危険だった。
 

 クレメンティアというベルスの西の街の手前のフィーリガルデという、貴族の多く住む街にやってきた。
 街は賑わい、活気を見せ、ウィルやエレナの住む農村とは似ても似つかない景色だった。
 屋台で食事を取って、二人は盗賊団の集合場所に集まった。
 夜半、一行は計画を実行に移した。
 町外れの大きな屋敷が今日の標的だ。
 家主たちが寝静まった頃、裏口の衛兵を眠らせて、屋敷の中へと入った。
 そして豪奢な造りの広間で金品を漁っていると、上等な品物が底なしにあふれてきた。
 しかし、誰かが蜀台を倒し、大きな金属音が屋敷中に響いた。
 「誰だ!?」
 家主が衛兵と共に広間にやって来てしまった。
 ウィルたちを盗賊と見るや、家主は自らも剣を取り、笛を吹き鳴らして叫んだ。
 「衛兵!衛兵!!」
 「逃げるぞ!!」
 ジェイクが叫んだが、それより早く召集された衛兵に囲まれてしまった。
 「くそっ」
 暗がりの中で、誰かが衛兵に斬りかかって行ったが、やすやすとその剣は封じられ、激しく床にたたきつけられた。
 その恐るべき力の強さ。
 「王族だ!!」
 ジェイクが叫んだ。
 「逃げるぞ!!力で敵う相手じゃない!!逃げろ!!」
 「愚かな」
 「我らに囲まれ逃げられるとでも思っているのか」
 始まってしまった。
 殺し合いが。
 「どこでもいい!!包囲網を一箇所でも崩せ!!」
 剣戟の中にジェイクの怒声が響く。
 ウィルはエレナを守ろうとそちらへ駆け出そうとしたが、目の前の相手にまるで子ども扱いされるように翻弄され、その場から動くことができなかった。
 足場を取られてドッと床に倒れ伏したときには、
 「終わりだな」
 と、その衛兵が大きく剣を振りかぶったところだった。
 ――殺られる――。
 覚悟したとき、その背後から衛兵の心臓の辺りを細身の剣が貫いた。
 衛兵は声もなくくず折れた。
 「大丈夫?」
 返り血を浴びたエレナが立っていた。
 エレナが最初に応戦していた衛兵もまた、心臓を貫かれて絶命していた。
 「みんなこっちよ!走って!!」
 エレナの声に、盗賊達は一斉に走り出した。
 「逃がすか!!」
 「まだ死にたければ相手になるわよ!!」
 しんがりをつとめていたエレナが殺気を含んだ声で叫んだ。
 しかし、最後にジェイクがランプを床に叩きつけ、ほんの一瞬の目くらましをした。
 「ありがとう、エレナ」
 エレナの手を取って、ジェイクは走り出した。
 走りに走って、万が一のときのために調べておいた誰も使っていない倉庫に逃げ込むと、一行はようやく息をついた。
 ジェイクが壁のランプに火をつけると、返り血を浴びたエレナが表情も変えずに立っていた。
 「大丈夫か」
 「平気よ」
 エレナはなんでもないという顔をして、血のついた剣を拭きあげた。
 ウィルは自分の作った剣が人の血を吸うことになろうとは、頭のどこかでわかっていても、こうしてその現実を目の当たりにして、自分の手両手を見つめた。
 震えていた。
 自分は人の命を奪う凶器を作っているのだ。
 「大丈夫?」
 エレナがウィルの隣にしゃがみこんだ。
 「俺は・・・平気だ。お前こそ、大丈夫なのか、あんなことして」
 「あんなことって、殺し?」
 エレナは平然と聞き返した。
 「初めてじゃないもの。それに、自分や仲間の命が危ないときは守ってくれるものは何もない。自分だけよ」
 それに・・・と、エレナは小声で付け加えた。
 「あなたはまだ手を汚す必要はないと思ったのよ」
 「どういう・・・」
 「あなたの剣が私たちの命を救ったのよ。そんなに怯えないで」
 ウィルの内心をすべて読み取ったかのように、エレナは笑った。
 その笑顔の中に、計り知れないほどの悲しみが滲んでいようとは、誰も思わなかった。

 
 次の日には、フィーリガルデが盗賊に襲われたという一報がドルアレスにも届いた。
 王族の衛兵が二人殺されたという話も。
 衛兵を王族の人間にしている貴族には衝撃的な話だった。
 一体どんな剣豪が仲間なのかと、噂は次第に尾ひれをつけて広まっていった。
 

 一方、ウィルは助けてもらった礼をまだ言っていないと気付き、エレナの家を訪ねた。
 エレナは外で血のついた服を洗っていた。
 「エレナ」
 「どうしたの、こんなところまで」
 「ありがとな、助けてくれて」
 「どういたしまして」
 エレナはなんでもないという風に、また洗濯に集中した。
 「・・・初めてじゃないって、言ったろ?」
 「え?」
 「昨日の夜。前にも人を殺したことがあるのか」
 「・・・・・・」
 エレナはしばらく何も答えなかったが、やがて服を絞りながら静かに言った。
 「十五のときよ。酔っ払いに襲われそうになって、無我夢中で抵抗してるうちに殺してたわ」
 「十五・・・」
 「そのときに思ったの。もう自分を守ってくれるものは何もないって」
 「俺が守る・・・って守ってもらったんだな俺は」
 がっくりとうなだれたウィルを見て、エレナはくすくすと笑った。
 「あ、そうだ、あなた、フリーギダの生まれだって言ってたわよね」
 「ああ。それがどうかしたか」
 「あの土地でも育っていた木を教えて欲しいの」
 「木?」
 「私が殺した人たちの墓標と、せめてもの罪滅ぼしのつもりよ」
 「何でフリーギダの木なんだ?」
 「この間すごく綺麗な海岸を見つけたの。海がよく見えて、綺麗な場所だったけど、塩を含んだ水の中でも育つ木じゃないと意味がないのよ」
 「なるほどな。なら、今ちょうどドルアレスに苗売りが来てる。行くか?」
 「ええ」
 エレナは洗濯を干すまで待って、と言って竿を取りだした。

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