故郷

2014.12.06 (Sat)
 オプタリエの壁沿いに二人は歩いていた。
 「お前、生まれはどこだ?」
 ウィルはエレナに尋ねたが、エレナはしばらくの沈黙の後、
 「サルトゥスよ」
 とだけ答えた。
 「サ・・・生き残りがいたのか!?よく生きていられたな」
 「自分の意思で生き残ったんじゃないわ」
 エレナは厳しい顔をして前をまっすぐに見つめていた。
 「両親も面倒を見てくれた人もみんな亡くなったわ」
 「寄る辺もなしによく今まで生きてこられたな」
 エレナは何も答えず、代わりに同じ質問を尋ね返した。
 「あんたは?ずっとドルアレスに?」
 「いや、俺はフリーギダの生き残りだ」
 「フリーギダ・・・フリーギダでも酷い事件があったと聞いたわ」
 「谷の人間は飢饉さらされた挙句に獣に食い殺された。国が仕組んだことだ」
 ウィルは我知らずぐっと拳を握り締めていた。
 「いつか復讐してやりたい・・・。そのために剣を取った」
 「復讐なんかしたって・・・死んだ人間は生き返らないわ。ここよ」
 エレナは不意に街道から逸れ、足を茂みの中に踏み入れた。
 水道橋から流れ落ちる滝のすぐ近くに、エレナの小屋はあった。
 二人が小屋に近づくと、数頭の羊やヤギが出迎えてくれた。
 「こんな人里離れた所に住んでるのか」
 「・・・両親を喪って、その後私の面倒を見てくれた人が遺してくれた唯一の居場所よ」
 エレナはドアを開け、ウィルを中に入れてやった。
 「お茶くらい出してくれるんだろ」
 座っていいとも言っていないのに、ウィルは手近にあった長いすに身を放り出した。
 エレナはため息をついて、火を起こしてやかんを火にかけた。
 ウィルはその様子に惚れ惚れと見とれていた。
 貴族とまごうかのような優雅な所作と物腰。
 マリーの元で仕込まれた一連の所作はまさに貴族のそれだった。
 「・・・お前、貴族なのか?」
 「だから、サルトゥスの農村生まれだって言ったでしょ」
 何か腑に落ちないような顔をしていたウィルだが、やがて気を取り直したように言った。
 「なんか俺たち、似たもの同士だな。故郷も親もすべて失って」
 「あんたの境遇には同情するけど、傷の舐め合いはしないわよ」
 「冷たっ!お前なんでそんな冷たいわけ?」
 エレナは何も答えなかった。
 お湯が沸くと、エレナは熱いお茶をウィルに渡した。
 「それ飲んだら帰ってよ」
 「だからなんでそんなに冷たいんだよ・・・」
 エレナは夕食の準備でも始めるのか、野菜をいくつか取り出していた。
 竈に立つエレナを見ながら、所帯を持ったらこんな感じなんだろうかと、ウィルは熱いお茶をすすった。
 エレナのその姿があまりに美しく、可愛らしく妖艶で、ウィルはマグを置いてエレナを抱きしめようと手を伸ばした。
 しかし、その瞬間エレナが彼を振り向き、その双眸をひたと見据えた。
 顔と顔が触れ合いそうな距離にいるのに、ウィルは身動きが取れなかった。
 普段なら、普通の女なら、このまま力づくでも自分のものにしてしまえただろう。
 しかし、エレナの高貴な者が生まれ持つ、一種独特の威圧感に、ウィルは完全にのまれてしまった。
 「何?」
 冴え冴えとした声で尋ねられて、ウィルは身を引いた。
 「・・・お前、何者だ?」
 「は?」
 「お前みたいな女初めてだ」
 「あんたに引っかからない女なんてごまんといるでしょうよ」
 「そうじゃなくて!お前、普通の人間とどこか違う気がする」
 「嬉しくないわよそんなこと言われたって」
 ウィルを振り払いながら、エレナは野菜の皮を剥き始めた。
 触れることすら躊躇われる――。
 そんな女に出会ったのは、ウィルにとっては初めてだった。
 それでも、ウィルが抱いた恋心には一点の曇りもなかった。
 「いつか絶対、口説き落とすからな」
 「いつかっていうのは永遠に来ない日のことをさすのよ」
 まるで自分への宣言とも取れるようなウィルの言葉に、エレナは呆れ声で返事をした。

前へ       次へ


本編はこちら
赤の紋章タイトルバナー



にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

トラックバックURL
http://rainy0dusk.blog.fc2.com/tb.php/610-491da3cd
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top