王妃の幸せ 3

2013.03.12 (Tue)
 月日は流れ、冬が来た。
 ディーウィティアは、王宮での生活に慣れることなく、またアリウスへの思いを捨てきれずに苦しみ、次第に心を病んでいった。
 しかし何より彼女を悩ませたのは、満月の夜に必ず見る悪夢だった。
 どこかの戦場のような場所で、阿鼻叫喚の中、人々は逃げ惑い、殺し合い、子供が泣き叫ぶ――。
 王家に嫁いでから、満月の夜に必ず同じ夢を見るようになった。
 ディーウィティアはやせ衰え、出産間近にもかかわらず、相変わらず食事も取ろうとしなかった。

 そして二月のある日、ディーウィティアはついに出産の日を迎えた。
 さすがのウィリデウスも、王妃の部屋の前で世継ぎの誕生を待っていた。
 「まだか」
 「今しばしお待ちを」
 ウィリデウスはディーウィティアのもとを訪れなかった数々の夜の事を悔やんでいた。
 これからはもっと妻との時間を持とう。
 遅まきながらそう心に決めていた。

 「あああああああっ!!!」
 ディーウィティアは力の限り叫んだ。
 やがて産声を上げたのは、小さな女の赤ん坊だった。
 「妃殿下、お生まれになりましたよ!可愛らしい王女です!!」
 ファナが赤ん坊を取り上げながら歓喜した。
 愛してもいない男の子を孕まされたのだと、ディーウィティアはずっとそう思っていた。
 しかし、新たな命を目にした今、その瞳は嬉しさに満ち溢れた。
 ――この子には自由に育って欲しい・・・。海よりも遥かに自由に・・・。
 「セレスティア・・・」
 ディーウィティアは赤ん坊に名付けてそう呼んだ。
 「セレスティア・・・天空の舞姫。素敵なお名前でございますね」
 しかし、それがディーウィティアの最期の言葉となった。
 出産にすべての生命力を使い果たしたのだ。
 「妃殿下!?」
 意識を失い、やがて静かに息を引き取ったディーウィティアに侍女長が何度も呼びかけた。
 しかし、何度呼びかけても、ディーウィティアはわが子を腕に抱くこともなく、冷たくなっていった。
 「生まれたか!!」
 ウィリデウスが赤ん坊の産声を聞き、待ちかねたとばかりにやって来た。
 しかし、彼の目に真っ先に飛び込んできたのは、生まれたばかりのわが子ではなく、死んでしまった妻の姿であった。
 「ディーウィティア!!」
 ウィリデウスも何度も呼びかけた。
 しかし、ディーウィティアは二度と再び目を開くことはなかった。
 「御子をお産みになるのにすべての力を使い果たされたのです・・・」
 ファナが涙を拭いながら言った。
 「何ということだ・・・!!」
 「五番目の王女ですな・・・」
 そばに控えていたコルニクスが言った。
 「何のことだ」
 「狂女王マリアンナの予言です。“五番目の王女はすべて海に還すべし”・・・意味は分かりませんが、聖堂の文献に記されている言葉です。陛下の御子は歴史上五番目の王女となります」
 「今は難しいお話はさておき」
 ファナが産着に包んだ赤ん坊をウィリデウスに差し出した。
 「王女様を抱いて差し上げてください。セレスティア王女と、妃殿下は名付けられました」
 しかし、ウィリデウスにはディーウィティアの死の方が衝撃であった。彼は後ずさり、呟くように言った。
 「悪魔の子だ・・・」
 「何と?」
 ファナは驚いて尋ねた。
 「悪魔の子だ!その子を産んだせいで我が妻は死んだのだ!!私の子ではない!!コルニクス、先ほど言った言葉をもう一度申せ!」
 「五番目の王女はすべて海に返すべし」
 「ならば海へ流せ!!!我が子ではない!!海へ還すのだ!!!」
 ウィリデウスは狂ったように叫び続けた。
 時は満月の夜だった。

 次の昼のサルトゥス――。
 カラーン・・・カラーン・・・。
 国中に鐘の音が響いた。
 「生誕の鐘だわ」
 外で庭仕事をしていたアリスが顔を上げた。
 「お生まれになったのね!」
 たまたまアールのもとを訪れていたジェフも顔を上げた。
 しかし、その後で、最初に鳴った鐘より低い音の鐘が響いた。
 しかも、長く、長く、二人分の死を意味する鐘の音が。
 「そんな・・・王妃様も御子も亡くなられたということかしら?」
 「おかしい」
 ジェフは呟いた。
 そして、気がついた。
 前回王女が生まれてから五百年が経っていることに。
 歴史書によれば、最初の女王の後、五百年ごとに王女が生まれている。
 そして、今度は五番目の王女ということになる。
 「くそっ、何てこった!」
 今までそれに気づかなかった自分をジェフは呪った。
 「アール、俺はしばらく村を空ける」
 「どうかしたのか」
 「一大事だ。ここへは恐らく戻ってくるだろうが、戻らなかったときは――」
 死んだと思ってくれ。
 ジェフの真剣な眼差しに、アールは「わかった」と頷いた。
 ジェフは小屋に戻り、馬に飛び乗ると、一年ぶりに王都を目指して駆け出した。

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