プロローグ 3

2014.12.02 (Tue)
 ウィルは夜通し走り続けた。
 谷から聞こえる悲鳴を振り払うように。
 夜も明けきらぬ頃、ウィルはサルトゥスに出た。
 そして夢中でルーカスの工房の扉を叩いた。
 「誰だ」
 起き抜けの眠そうな声で、ルーカスが扉を開けた。
 「ボウズ!?どうしたこんな時間に」
 「フリーギダが――フリーギダが――!!」
 ウィルは泣きながらことの次第を話した。
 「何てこった――」
 フィオナ――。
 ルーカスにも最悪の想像しかできなかった。
 朝日が差し込んできた。
 それと同時に、ルーカスはアールの元へと走った。
 「ウィルを頼む」
 アリスにウィルを託し、ルーカスとアール、騒ぎを聞きつけた村人たちが、フリーギダへと急いだ。
 
 一夜明けたフリーギダは、凄惨たる状況だった。
 獣に噛みつかれ、食い殺された死体があちこちに転がり、その中でも痩せこけた子供たちの姿が目立っていた。
 獣は夜明けと共に散っていったのか、谷には数匹しか残っておらず、サルトゥスの猟師たちが殺した。
 「フィオナ――」
 死体の山の中に、ルーカスは妻の姿を見つけた。
 「フィオナ・・・!フィオナーーーーっ!!」
 ルーカスはフィオナの亡骸を抱きしめ、あらん限りの声で叫んだ。
 その後、アールがルーサーの遺体を見つけたが、ルーカスに報せるのははばかられた。
 しかし、隠しておくわけにもいくまい。
 「ルーク・・・、ルーサーだ・・・」
 サルトゥスの村人たちに運ばれてきた弟は、顔が半分に割れ、内臓を食い破られていた。
 「ルーサー・・・」
 この日以来、ルーカスは人とまともに口を利かなくなった。

 フリーギダの一件はあっという間に国中に広まった。
 そして、貴族や王族に対する平民の不満、不信感は一層強さを増すばかりだった。
 
 一方ウィルはその後、ドルアレスという街の伯父夫婦の元へと引き取られた.。
 「お前の境遇には同情するが、かといって我が家では単なる居候に過ぎない。早く食い扶持を稼げるようになって出て行ってほしい」
 これが、ウィルがドルアレスの伯父夫婦の家に入って一言目に言われた言葉だった。
 ウィルは幼心に悲しみと怒りと憎しみを同時に覚えた。
 しかしその心も、何に、誰に向けたらいいのかわからなかった。
 王族だ――。
 ウィルは思った。
 自分達が飢饉に喘いでいるときにも、奴らは豪遊三昧。
 挙句の果てに獣にやるような餌がないからといって、あの事件を――。
 人伝にそんな話を聞いて、ウィルは王族こそが平民の敵だと思うようになった。
 伯父の家は、居心地が悪かった。
 屋根裏部屋を宛がわれたことはありがたかった。
 しかし食事のときとなると、ウィルに配分される食事の量は、同年代のいとこ達より明らかに少なく、また平然と無視され、常に邪魔者扱いされた。
 それでも屋根がある場所で眠れるだけありがたいと思って一年を過ごしたが、常に空腹だった。
 そんなある日、街の鍛冶場で声をかけられた。
 「おい、ボウズ」
 ウィルが振り向くと、その工房の親方らしき人物が、心配そうに彼を見下ろしていた。
 「お前、ちゃんと食ってるのか?痩せすぎだぞ」
 「俺は・・・」
 ウィルは何を言えばいいのかわからなかった。
 「ほら、食えよ」
 鍛冶職人は、持っていたパンをウィルに渡した。
 常に空腹を抱えていたウィルは、あっという間にそれを平らげた。
 そして、そんなウィルの姿を憐れに思ったのか、鍛冶職人の親方は工房の中へ彼を案内し、さらにスープや肉を食べさせてやった。
 しっかりと食事をしたウィルは、いつの間にか自分がフリーギダの生き残りであること、現在の自分の居場所のことなどをすっかり話してしまっていた。
 「なら、ウィル、うちに弟子入りしねえか?まだまだ使える年齢じゃねえが、手伝いくらいはできる。うちの方がちゃんと食わせてやれる」
 ウィルはその言葉に狂喜した。
 もうあの家にいたくない。
 ウィルが出て行くとなれば、伯父夫婦も喜ぶだろう。
 
 そうして、ウィルは伯父の家を飛び出し、鍛冶職人として弟子入りすることになった。

 四年後、ウィルは久しぶりにサルトゥスの村へ訪れた。
 短剣や果物の皮をむくのに使うナイフの行商についてきたのである。
 「アール?」
 町行く人の中に、濃紺のローブに蛇の刺繍――医者の証――を見つけて、ウィルは思わず声をかけた。
 振り向いたのは、やはりあの頃と変わらぬ優しい笑みを湛えたアールだった。
 「・・・ウィル?」
 アールは、成長したウィルが誰だか一瞬わからなかったようで、ひとつ間を置いてから首をかしげた。
 「そう。ウィルだよ」
 「久しぶりだな!元気にしてたか?」
 「ああ。元気だ」
 「ドルアレスには慣れたか?もう五年も経つのか・・・」
 「親戚のところは居心地が悪くて、今は鍛冶職人の勉強をしてる」
 「そうか・・・」
 ウィルはアールと並んで歩きながら、今までのいろいろなことを話した。
 施療院まで来ると、アールはウィルを見下ろした。
 「どうだ、うちで昼を食べていかないか」
 「いや、親方がいるから」
 「そうか。残念だ。次に来たときには寄って行けよ」
 そのとき、少女の姿がウィルの目に飛び込んできた。
 薬草畑で走り回る、赤黒い光を放つ髪の――。
 「うちの娘だ」
 ウィルの視線に気づいたのか、アールが言った。
 「エレナ」
 アールが呼びかけると、エレナは嬉しそうに走ってきて、アールに抱きついた。
 「ウィルだよ」
 五歳になったばかりのエレナは、にっこりとはしたが、ずっとアールに抱きついていて、ウィルには関心を持たなかった。
 しかしウィルは大きな衝撃を受けた。
 初めて女の子をかわいいと思ったのだ。

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