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Ivy-1

2013.02.17 (Sun)
 「アール」
 師に呼ばれたアールは、薬を調合していたその手を休めず、返事だけを返した。
 「はい」
 「アール」
 師は最近、少し耳が遠くなったらしい。
 寄る年波のせいだろうか。
 非常に知識も豊富で、尊敬できる師であったため、アールは過ぎ行く年月が、彼の周りだけ素通りしてくれればいいものを、と思っていた。
 もう一度呼ばれたアールは、少し大きな声で返事をした。
 「はい!」
 「聞こえておるわ!こっちへ来いと言っている」
 ガツンとさらに大きな声で返されて、アールは少し安心した反面、この人はやっぱり自分より元気だな、と苦笑した。
 「すみません、何でしょう」
 アールは一旦手を止め、向かいの師の部屋に歩いて行った。
 「お前最近、わしのことを年とったなあなどと考えておったな?」
 師は不機嫌も露わに、若い弟子を睨みつけた。
 「いえまさか。先生は私よりお元気だと思ったばかりです」
 にこにこと答えるアール。
 師が少し気難しい人間であることは、十年も教を教授してもらっている時点で分かりきっていることだった。
 師は、ふんと鼻を鳴らして薬茶をすすった。
 「先日の、薬師の習生じゃがの」
 「ああ・・・」
 アールは困ったように笑って、空いていたがたつく椅子に腰掛けた。
 「あの娘、宮邸薬師に教を請いたいとぬかしおってな。身の程知らずが。わしの方から願い下げにしてやったわ」
 「それはたぶん、私のせいですね」
 アールはくすくすと笑った。
 「なんじゃ、お前さんあの娘に何かしよったのか?」
 師は意外そうな目を向けた。
 「まさか!違いますよ」
 慌てて否定したアールは、それにしたってその意外そうな視線は何だろうと思った。
 「何だか知らんが、あの娘の籍が空いた分、別の習生を受け入れることになっての」
 師は面倒くさそうに首筋を掻いたが、どこか嬉しそうでもあった。
 「なにか嬉しいんですか?」
 「その習生はの、また若い娘さんなんじゃが、えらく優秀な習生らしい。薬師試験はすでに合格しよったらしくての」
 それを聞くと、アールも感心したように相槌を打った。
 「へえ。いくつの子なんですか?」
 「学院で教えた同僚によれば、まだ十六じゃとか何とか言っておったな」
 「十六!?」
 これにはアールも仰天した。
 十六と言えば、まだ成人にも達していない。
 アールが薬師試験に合格したのも、成人してすぐの十八のときだった。
 「それはまた・・・」
 「そうじゃ。またおかしなことを吐かさん娘だといいのじゃが」
 それを聞くと、アールはハハハと力なく笑った。
 「そうじゃ、お前さん」
 不意に、師は思い出したようにアールを見た。
 「今度、ここでも王族の受け入れをすることになったんでの、連中の施術記録を読んでおくといいぞ。まあどうせ、その辺で剣を落として指でもちょん切らん限り、ここへは来んだろうが、都の医師は全員王族に対応できるようにとのことじゃ」
 「今さらですか・・・」
 アールは呆れたように笑った。
 「まあ、そう言うな。万が一、王族の治療をしてやれたら報酬は三倍とれる」
 にやりと笑った師の表情にアールは、この生臭医師め・・・と内心苦笑した。

 同じ日の夕方。
 アリスは医学院の書庫へやって来た。
 いつもなら、入り口に愛想のいい初老の司書がいるのだが、今日は閉館後ということもあり、誰もいなかった。
 アリスが明日から世話になることになった町の施療院でも、王族の受け入れを始めると聞いたので、その資料を探しに来たのだ。
 日は傾き始めたばかりで、書庫の中は多少薄暗くともランプはまだ必要ないようだった。
 ぎっしりと本の詰まった、見上げるような書棚が壁一面、四方に張り付いていて、空いた空間にも所狭しと大きな書棚が並べられていた。
 しばらくぐるぐると見て回り、ここは何の本、とか書いてあればいいのに・・・と一人愚痴った。
 何しろ本が大量すぎるのだ。
 ふと、奥の書棚を思い切り見上げたとき、一番上の棚に、彼女の探していた本を見つけた。
 「う・・・高い・・・」
 自分の背丈の二倍はある。
 梯子は入り口の辺りに並べてある為、取りに行ったらまた戻ってこなければならない。
 本を探している間にずいぶんと暗くなったもので、もう一度ここを見つけることができるだろうか?何より、あの梯子は重い。
 普段は、司書に言えば欲しい本をとってくれるのだが。
 今日、薬鉢を割って、後片付けに手間取った自分を呪った。
 仕方がない。
 誰もいないし。
 もし誰かいても、奥まってるから見えないだろうし。
 アリスは、三流とはいえ貴族の娘にあるまじき行動に出た。
 靴を脱ぐと、棚に足をかけて上り始めたのだ。

 その頃、アールも書庫に向かっていた。
 彼も、都の治療誌を借りに来たのだが、それより師に言いつけられた本の冊数のほうが多いことに肩を落としていた。
 師のことは尊敬できる。気難しいがいい人だ。
 しかし人使いが荒い。
 普通、百科事典並みの本を十冊も持って来いと言うだろうか。
 彼はよく本を読んでいるらしいが、あの忙しさの中、一体いつ本を読む時間があるのかと、アールは常々不思議に思っていた。
 いつか師の生活を観察してみようと思ったことも、一度や二度ではない。
 書庫はもう閉館しているはずなので、いつもは入り口で司書に挨拶をするアールも、今日は素通りした。
 治療誌のあるところはわかっているので、アールは梯子を担いで書庫の中を進んで行った。
 書棚の森の角を曲がったとき、アールは何だか見てはいけないものを見てしまった。
 習生だろうか。
 若い女性が、えっちらおっちらと書棚をよじ登っている。
 ここは、声をかけるべきか、見なかったことにして彼女が帰るのを待つか。
 数秒悩んだが、彼女が上りやめる気配がないので、まさか一番上の棚まで行く気ではないだろうかと焦った。
 もし足を滑らせたりしたら、たぶん骨折だろう。
 最悪、後ろの棚にぶつかって、後頭部をぶつけた上に書庫でドミノ倒し大会が開催されてしまうかもしれない。
 それは気の毒だ。
 アールは、自分の身長より高く上ったところにいる彼女に声をかけた。

 「取ってあげるから、降りておいで」
 「えっ、やっ、きゃああっ!!」
 突然声をかけたのが悪かったのだろうか、足が滑って驚いたのだろうか、アリスは悲鳴を上げた。
 考えるヒマもなかった。
 アールも咄嗟に彼女を抱きとめてあげられたらきっとカッコよかったかもしれないが、何しろ狭い書庫の中だ。落ちてきた彼女が床に激突するのを防ぐので精一杯だった。
 彼女と一緒に、ごつごつと本が降ってくる。
 何とか堪えようとして、本を引っ張ってしまったのだろう。
 痛い、と言っても止まってくれるものでもないので、落ちて来る分厚い本から彼女の頭を守ってやりつつ、自分はその衝撃を甘んじて受ける。
 やがて静かになって、アールはうめき声を上げながら降ってきた彼女を覗き込んだ。
 「大丈夫?」
 アリスは涙目で、口元を手で覆っていた。
 「どこか、怪我した?」
 アールは慌てて尋ねた。
 「違います」
 アリスもあわてて涙声で否定したが、顔を完全に覆ってしまった。
 「びっくりして・・・」
 「ああ、急に声かけてごめんね」
 「恥ずかしい・・・!!」
 アリスは深々とため息をついて、絞り出すような声で後悔の念を口にした。
 「え?」
 「恥ず・・・っ!あんな、とこ見られて・・・!見なかったことにしてください!!」
 ガバッと顔を上げて、懇願するような目。
 あまりに必死の様子に、アールは不謹慎にも噴出してしまった。
 「笑わないでください!」
 アリスは傷ついたように叫んだ。
 「違う・・・ごめん・・・」
 アールは肩を震わせて爆笑している。
 ひとしきり笑わせてもらったところで、「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」とまた恥ずかしそうに顔を伏せてしまったアリスにもう一度問い掛けた。
 「怪我、しなかった?」
 「あ、大丈夫です。私よりも、あなたこそ大丈夫ですか!?」
 「僕は大丈夫だよ」
 アールは手を振って応じたが、周りに散乱した本を見回して、ちょっと首を傾げた。
 「こっちはあんまり大丈夫じゃなさそうだな」

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