王妃の幸せ 1

2013.03.12 (Tue)
 一方、王都カルブンクルス。
 物語はジェフが都を追われてから一ヶ月が経った頃に遡る。

 「今でも信じられねえよ」
 若い見張りの騎士がぼやき声を上げた。
 「あのジェフが執政補佐官を三人も殺したなんてよ・・・」
 「その話はもう諦めるしかないだろ」
 隣に立っていたクレストがため息を吐いた。
 「俺だってまだ信じられない。あの人が謀反を働いただなんて。だけど、あの人の思想からしたら、突発的過ぎるけど王家が敵に見えたのかもしれない」
 「王家が敵だなんてよ・・・騎士団がいる意味がねえじゃねえか」
 そこへ、御付きの侍女をぞろぞろと率いた王妃が通りかかった。
 「ご苦労様」
 王妃は優雅に二人に声をかけると、中庭へと消えていった。
 「王妃が懐妊してから、宴がますます多くなったな・・・」
 クレストが呟いた。
 「何だって?」
 「ジェフが言ってたんだ。民が飢えで苦しんでるのに、宮廷では豪遊三昧が続いてる・・・。これじゃ民に示しがつかないだろって」
 「そうは言っても一大事だ。外国からの客人も増えてるし、だから俺たちもこんな中庭まで見張ってなきゃいけないんだろ」
 「そうだけどさ・・・俺、たまにジェフが正しいんじゃないかって思うときがあるんだ」

 「妃殿下」
 侍女長のファナが呼びかけた。
 「本日はゴルドアの王妃が贈ってくださった御子の産着が届く予定ですよ」
 金髪の王妃、ディーウィティアは、それほどにこりともせず「ええ」とだけ言った。
 王妃が花壇へ近付くと、侍女たちもそちらへぞろぞろと移動する。
 やがてディーウィティアはきつい口調で言った。
 「少し一人にしていただけませんか?」
 「そうは申されましても・・・」
 ファナが困ったような顔をする。
 「これだけの方に見守られていれば、中庭で迷うこともございません。ほんの少しで結構ですから、少し離れていていただけませんか」
 物腰は丁寧に戻ったが、これは命令だった。
 侍女たちは顔を見合わせたが、一礼して、一歩下がった。
 自分が懐妊してから幾月が経ったのだろう。
 ディーウィティアは内心ため息を吐いた。
 あれは春も浅い頃、王家の催す宴でのことだった。
 ディーウィティアには、騎士団の兵士の一人に、アウリスという秘密の恋人がいた。
 王族の中でも珍しい金髪の彼女に、アウリスが一目惚れしたのだ。
 当時未婚であったディーウィティアは、親にも隠れてアウリスと密会していた。
 しかし、彼女は知らなかった。
 国王の花嫁という最高の白羽の矢が、まさか自分に当たろうとしていたことなど。
 
 「陛下」
 聖堂の聖職者が、宴の最中に国王、ウィリデウスに声をかけた。
 「先日お話いたしました、花嫁探しの件はご検討いただけましたかな?」
 「またその話か。面倒な」
 ウィリデウスは大きな肉の塊をナイフで切りながら鬱陶しそうに返事をした。
 「なにせこの時勢です。何か祝い事がなければ人心も荒んでしまいます。本日の宴には、王族の選りすぐりの美女が揃っておりますぞ」
 いつまでも後宮通いでは・・・と、聖職者は言葉を濁した。
 宴の席でつらつらと説教をされる国王は、齢百五十になろうとしていた。そろそろ妻を娶り、跡継ぎを作らなければならない歳であった。
 ウィリデウスは聖職者と話しながら、上座から下座をざっと眺めた。
 しかし、ウィリデウスには後宮にマグダレーナという最愛の愛人がいた。
 愛人は愛人であって、処女ではなくなった彼女は、今の法律では妻となることはできない。
 またこの国の王家には、その王の後継者が生きている限り、子は二度と再び生まれないのである。
 その子も、分血の儀を終えた正式な妻との間にしか生まれない。
 そのとき、ウィリデウスの目に留まったのが、アリウスと密会する為に立ち上がった、ディーウィティアであった。
 黒髪の美しいマグダレーナと正反対の、金髪の美女であった。
 ウィリデウスは一目で彼女を愛した。
 「あの娘だ」

 「発表する」
 アリウスの元へこっそりと抜け出そうとしていたディーウィティアは、聖職者の声に立ち止まった。
 「今宵、国王陛下は、アルクス伯爵の娘御、ディーウィティア嬢を花嫁としてお迎えする」
 ディーウィティアにはわけがわからなかった。
 何かの間違いではないか。
 サッと会場に目を走らせると、皆が祝福の拍手を送り、賞賛の眼差しで自分を見ていた。
 その中に、アリウスが、呆然として彼女を見つめていた。
 国の官長たちが自分の元へ来て、恭しく礼をした。
 「今宵、国王陛下はあなたを花嫁としてお迎えする」
 「何という栄誉だ!」
 父親のアルクスも、歓喜してして立ち上がった。
 違う、嫌だ、私には恋人がいる。
 そんなことをいえる状況ではなかった。
 国王からの求婚を断りなどすれば、首が飛んでもおかしくはない。
 ディーウィティアはなす術を知らず、ただ婚礼の儀の流れへと飲み込まれていくしかなかった。
 
 そしてその十日後、婚礼の儀が執り行われ、分血の儀も行われた。
 ウィリデウスの血を混ぜた葡萄酒を飲み干すのである。
 そうすることで身体中の血が王家のそれへと変わり、王族の中でも取り分けに強く、美しくなるのである。
 それと同時に初夜の儀も執り行われ、先程まで処女であったディーウィティアの血が流された。
 そのたった一度の契りで、ディーウィティアは子を授かったのである。
 国王と褥を共にしたのはその一晩限りで、ウィリデウスはディーウィティアを愛しながらも、マグダレーナから離れることができなかったのである。

 ある晩、ディーウィティアがなかなか寝付けずに、褥を抜け出したことがあった。
 すると、回廊の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 アリウスだ。
 しかし、彼は一人ではなかった。
 クスクスと笑う、女の声が聞こえる。
 ディーウィティアは、衝撃のあまり立ち尽くしてしまった。
 「僕には君だけだよ」
 同じ言葉を、自分にも・・・。
 やがて口付けを交わす音と衣擦れの音、控えめな女の喘ぎ声が聞こえてきて、ディーウィティアは耐えられなくなり、駆け出した。
 アリウスを本気で愛した自分が愚かに思えた。
 「妃殿下!このような時間にどちらへ!?」
 寝室の警護をしていた衛兵が驚いて声を上げたが、ディーウィティアは何も答えず、ただ褥に泣き崩れた。
 あれほど愛していると囁いてくれたあの人が。
 こんなにも早く自分の代わりを見つけ、同じように愛を囁いているなんて。
 信じられなかった。
 信じたくなかった。
 「あ・・・」
 ディーウィティアは急に腹部に違和感を覚え、声を上げた。
 
 その夜、ディーウィティアは自分の懐妊を知ることになった。

 現在――。
 ディーウィティアはそっと、膨らみ始めた下腹部に手を添えた。
 百年に一度、授かることのできる、国王のたった一人の子。
 一人で出歩く自由も、両親に会う自由も、誰かを愛する自由も、すべての自由が、一夜にして何もかも奪われた。
 しかし、自分の地位を熱望している女性はこの世にごまんといるはずだ。
 中庭の噴水から水鳥が数羽、バサバサッと羽音を立てて飛び立っていった。
 ――自由が欲しい・・・。
 でも・・・。
 「これがきっと、女の幸せというものなのでしょうね・・・」
 下腹を押さえた手の甲に、ぱたりと涙が落ちた。

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