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薬草畑の夫婦 3

2013.03.09 (Sat)
 数年前――。
 アールは、あの病が流行って以来、カルロスから多くの医術を学んだ。
 その日、アールはいつものように村を回って、いつものようにアリスと薬を作り、いつものように施療院の扉を閉めようとしていた。
 そのとき、カルロスの小屋のある森のほうから、村人たちが数人、がやがやと話しながら村の方へ帰ってきた。
 「どうしたんです?みなさんおそろいで」
 アールは柵に手をかけたまま、村人に尋ねた。
 「そうだ、アールに言ってもえらばいい」
 バートという粉引きの男が、アールの顔を見てふと閃いたように膝を打った。
 「なあ、カルロスがこの村を出て行こうとしてるっつー話は聞いただろう?」
 ダンはひそひそと声を落としながら言った。
 「それは、聞きましたけど、今すぐではないと――」
 「それが、あの野郎もう荷物をまとめてやがった。今にも馬に乗って出かけそうな勢いよ」
 アールは仰天した。
 「なっ、本当ですか!?」
 昨日まで何も言わずに、彼の聞いたことのないような薬の調合を教えてくれていたのに。
 今日発つなんて、カルロスは一言も言わなかった。
 「本当も何も、俺たちはカルロスに考え直せと掛け合って来たんだがよ、あいつ取り付く島もねえようなことばっかり言いやがって」
 「そうなんだ、俺たちの話なんか聞きゃしねえんだ」
 「終いにゃバーニーを泣かせやがった!」
 「あー、泣かせたっつーのはどうか・・・」
 バーニーはダンの妻だ。
 「ともかく、準備だけはもう万端だった」
 「だがもう日も暮れる頃だ。明日の明け方にでも発つんじゃねえかと。アール、アリスもだが、カルロスとは随分行き来してたみてえだし、わざわざまた知らん土地に移り住む必要もねえって、ちょっと言ってやれよ」
 「俺たちは先に旅籠で先に一杯やってるから、後でカルロスも連れてきてくれ」
 それだけ言うと、村人たちは薄暗くなり始めた通りをがやがやとまた歩き出した。
 アールは薬庫の整理をしていたアリスの元へ走った。
 「アリス!」
 「なあに?」
 アリスは珍しく夫が取り乱しているのを見て驚いた。
 「カルロスが、ここを出て行くって、本当だったらしい」
 「ええっ!?そんな、昨日だって何も言わなかったわ」
 「でも、今村の人が教えてくれた。もう荷物をまとめてたって――」
 「でも、もう暗いわよ?まさか今日?」
 「アリス、相手はカルロスだ!」
 アールはそれだけ叫んだが、アリスはそれですべて納得したような顔をした。
 「そうね、カルロスだものね。もしこれから発つなら、私たちお礼くらい言わないと――」
 アリスが立ち上がると、子供の泣き声が聞こえてきた。
 「ほらほら泣かないの!」
 半分開いた柵を通って入ってきたのは、村の小さな男の子を抱いた母親だった。
 「ごめんなさい、ガラスを踏んでしまって。見てもらえるかしら?」
 子供の足の裏からは、ぽたぽたと血が流れていた。
 今にも出かけようとしていたアールだが、すぐに引き返してきた。
 「よし、大丈夫だ、さあおいで――」
 アールが泣き叫ぶ子供を引き受けようとすると、アリスがその腕を押さえた。
 「大丈夫、私が看るわ。あなたは先にカルロスのところへ行って」
 ね?と念を押され、アールは頷いた。
 「頼む」
 アールは子供の手当てをアリスに任せ、薄暗い森へと急いだ。

 「カルロス!」
 彼の小屋の前まで来たとき、ランプの微かな光が見えて、アールは彼の名前を呼んだ。
 「アールか、どうした」
 馬の影から顔を覗かせたのは、旅支度を整えたカルロスだった。
 「どうしたじゃ――」
 走って息が切れたアールは、馬に寄りかかった。
 「出て行くって、本気だったのか」
 「ああ。言っただろう」
 カルロスは素っ気なく答えた。
 「言ったけど――、村の人たちは、あんたが今日はもう出かけないと思って引き返してきてしまったのに」
 「諦めたんじゃないのか?」
 カルロスは特別気にかける様子もない。
 「違う、私たちは普通夜には村を出ないから、みんな明日の朝にでも出るんだろうと思ってる」
 夜更けに人里を離れてフラフラするなど、夜盗たちにどうぞ殺してくださいと言うようなものだった。
 ただ、アールもアリスも、彼がそれくらいならやりかねない男だと重々承知していた。
 案の定、カルロスはアールが来なければ今にも馬に跨ろうとしていたところだった。
 「別にいいだろ。俺がどこへ行こうと、お前たちはもう大丈夫だ」
 「カルロス――」
 アールが懇願するような目を向けると、カルロスは困ったような顔をした。
 「アール、お前が俺の薬やら何やら、学びたい気持ちはよくわかっている。俺だってできるなら、お前の為に他の薬や薬草も全部調べて教えてやりたい。だが俺はここばかりにはいられないんだ」
 アールはあの一件以来、カルロスから様々な薬の調合を教わってきた。どんな医学書にも載っていないようなものばかりだった。
 「どこへ行くんだ?」
 「悪いがそれは言えない。どうしてもやらなければならないことがあるんだ」
 「カルロス、頼む。もう少し待ってくれ。まだ教えてもらいたいことが山ほどあるんだ。私だけじゃない、アリスもそうだ」
 「アール」
 カルロスは、少し強めの口調で彼の名を呼んだ。
 「なら、せめて理由だけでも教えてもらえないのか」
 梃子でも動きそうもない――。
 そう判断したのか、カルロスはため息をついた。
 「なら、アール、約束してもらわなけりゃならん。俺が今から言うことを、秘密にできるか?」
 「当たり前だ。口は堅い」
 「アリスにもか?」
 アールは一瞬詰まったが、カルロスが「どうだ?」と言うと、
 「言わない。誓う」
 と、ほぼヤケッパチ気味に頷いた。
 カルロスは、仕方がない、と、頭を掻いてから話し始めた。
 「唐突な話だが、俺の一族には秘密がある。一族に伝わる史書には、様々な予言が書かれているんだ」
 アールは不思議そうな顔をしたが、カルロスは彼が何か言いたそうなのを手で遮りながら続けた。
 「一から話すと壮絶に時間を食うから簡単に済ますが、ここで流行ったあの病も、それに記されていたことだ。俺はその史書を頼りに、この村へやって来た。そしてここの病は過ぎただろう?今度は、別の、次の災厄の予兆がある」
 わかるな?と、カルロスは言った。
 「信じられなければ仕方ないが、そういうことだ」
 アールは、何かが自分の中ですとんと落ち着くのを感じた。
 それが本当なら、それを頼りにカルロスはこの村へやって来て、自分たちを救ってくれた。
 次に救う必要がある者がいるなら、彼を引き止めることはできない――。
 「私に、なにか手伝えることは?」
 カルロスはきょとんとしたが、やがて笑った。
 「いいや、気持ちだけでありがたい」
 「・・・そうか」
 この人には教えを乞うだけで、何も返すことができなかった。
 アールは口惜しさに唇を噛んだ。
 「じゃ、そういうわけだから、納得してくれたなら俺は行くぞ」
 カルロスはアールの肩をポンポンと叩いて、馬に跨ろうとしたが、ふと思いついたように動きを止めた。
 「そうだ」
 アールが彼を見ると、カルロスは積んだ荷物の奥から何かを引っ張り出していた。
 「これを、俺の息子に渡してくれないか」
 カルロスが差し出したのは、ぼろきれに包まれた、本のようなものだった。
 アールはそれを受け取ったが、その目は衝撃に見開かれていた。
 「こっ――、あんた子供がいるのか!?結婚してたのか!?」
 「俺に嫁と子供がいちゃ悪いか!」
 アールの驚きように、カルロスは逆に衝撃を受けた。
 「いや、悪くは――、ただ、だってあんた、え――」
 「やっぱり返してもらおう」
 「いやいやわかった悪かったよ預かる!」
 アールは慌てて本を引き取った。
 「本か?」
 「そんなもんだ」
 「私も、読んでみてもいいか?」
 すると、カルロスはハハハと声を上げて笑った。
 「読めるものなら読んでもいいぞ」
 「読めるだろ」
 アールはこのとき、中身の文字が何なのか知らなかったのだ。
 カルロスは、急に真剣な顔をした。
 「いいか、アール。覚えておけ。これは、大切なものだ。誰にも渡してはならない。いつか俺の息子はこの村に来るだろう。それまで、誰にも知られず、どこかへ隠しておいて欲しい」
 「わかった――」
 アールは頷いたが、不思議に思って尋ねた。
 「なぜ、自分で渡さないんだ?」
 カルロスは、ただ曖昧に笑っただけだった。
 「もし誰かに奪われるようなことがあったら、いっそ燃やしてもかまわない。それくらい、大切なものだ。――そんなものを、預かってくれるか?」
 「それが、あんたにできる恩返しになるなら」
 アールの言葉に、カルロスはもう一度笑った。
 「頼んだぞ」

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