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薬草畑の夫婦 2

2013.03.09 (Sat)
 食事の後、しばらく三人で談笑していたが、アリスがふと時計を見て立ち上がった。
 「さて、二人で何かお話があるんでしょう?」
 ジェフとアールも彼女に倣って立ち上がると、アリスはにこっとして二人を見た。
 「私はここを片付けてしまうから、ゆっくりしていってくださいな」
 「ああ、ありがとう」
 アリスはもう一度にっこりすると、空の鍋や皿を持って炊事場へと消えて行った。
 「で、何なんだ?」
 アリスを見送ってから、ジェフはアールに向き直った。
 いくら恩人の息子だからといって、昨日の今日で知り合った人間を、わざわざ家にまで呼んで食卓を囲うくらいなら、何か用があるのだろうと思ったのだ。
 案の定、アールは人差し指だけでこいこいと手招きした。
 「本当はこの用だけだったんじゃないのか?」
 ジェフはアリスに声の聞こえないところまで来てから言った。
 「そう言ってはおしまいなんだが、彼女がどうしてもあんたに会いたいと言ってね」
 ジェフにはどうしても、アリスのその辺りの気持ちがいまひとつ理解できなかった。
 「気をつけろ、そこ段差がある」
 アールは廊下の奥の部屋の扉を開けて、暗がりを振り向きながら注意した。
 さすが医者、と言うべきだろうか。全く医者らしくない彼の家の中で、ここだけは違っていた。
 広い部屋の四方の壁に、外国の医学書や理化学の本までが、びっしりと本棚に収まっていた。
 ここはきっと、彼ら夫婦の書斎なのだろう。
 ジェフは、幼い頃祖父に連れられて初めて一族から受け継いだ物――ほとんどが書籍だった――を収めた場所へ連れて行ってもらったときのことをぼんやりと思い出した。
 彼が一族から受け継いだ物の量は、ここにあるものの比ではないが、それでも大切に守られてきた書庫として、どこか似たようなものを感じた。
 「すごい本だな」
 ジェフは暗い室内を見渡して言った。
 「ああ。私とアリスが集めた本が、全部ここにある」
 アールは窓際やテーブルの蝋燭に火を灯していた。
 「アリシアも、医者なのか?」
 「いいや。彼女は医者の認可を受けていないが、薬師ではある。かなり優秀だ」
 「夫婦揃って医術関係者か・・・」
 ジェフは一瞬眉根を寄せたように思えたが、アールは気付かないふりをして蜀台に手を伸ばすと、それを持って机の下にもぐりこんだ。
 「カルロスから預かっていたものがあるんだ」
 「親父から?」
 ジェフは眉を顰め、若干緊張した。
 アールはガタガタと音をさせながら、床の板を外しているようだった。
 そんな場所に隠さなければならないものを、父は人様に預けていったのだろうか。
 「カルロスは、あんたがいつかここへ来ることを知っていたようだな」
 アールはほこりを払いながら立ち上がり、布に包まれた一冊の本をジェフに差し出した。
 「私には読めなかった」
 ジェフは何も言わずにそれを受け取とった。
 何の装飾もない黒い革表紙の本をパラパラとめくると、紛れもなく古文書の文字と同じ古代語が書かれていた。
 ジェフは無表情にそれを見ていたが、喉まで出かかった「こんなものを人に預けるなあの親父!」という言葉を、必死に押さえつけなければならなかった。
 しかし、紙の劣化具合から見ても、あの古文書よりずっと新しいことがわかった。
 もしかしたら、これがコルニクスの言葉を聞いてからずっと気になっていた、もう一冊の古文書なのではないかと思ったが、どうやらまったく違うらしい。
 「読めるのか?」
 アールに尋ねられて、ジェフは正直に答えていいものかどうか迷った。
 「・・・親父は、何と言ってあんたにこれを渡したんだ?」
 答える代わりに、ジェフは質問を返した。
 「“いつかこの村に、俺の息子が来るかもしれない。もしも会ったら、これを渡してやってくれないか”と言っていた。ついでに、私も読んでもいいかと聞いたら、読めるものなら読んでもいいぞと笑ったよ。そのときはまだ、この文字を見ていなくてね」
 と、アールは苦笑した。
 父親は、アールに何を話したのだろうか。
 自分がウェルバの末裔であることを明かしたのだろうか?
 ジェフは、アールをどこまで信じていいのか、まだわからなかった。
 昨日、彼はジェフにこの村に留まるように言った。村人が安心するから、と。
 しかし、彼は医者だ。この国の医者は、都心部の出身のことが多く、また医学も都でないと学べない為、国の中心地に連絡網や関係者が多くあることが多い。
 自分がこれを読めるといったときに、彼はそれを国へ報告するつもりだろうか。
 現在では、この文字を読めるものは、聖堂の聖職者で、かつ国に許可を与えられた者か、ウェルバの一族しかいない。
 そもそも、聖堂の外へこの言葉が記されたものを持ち出すことが禁止されているのも、コルニクスなら知っている。
 かつてコルニクスの一族が禁止したことだ。
 一般人がそれらを持っているのが発見された場合、ほぼ間違いなくウェルバの末裔と判断されるだろう。
 ジェフは、時間稼ぎをするようにパラパラとそれをめくり続けていたが、やがてパタンと本を閉じた。
 「いや、俺にも読めない」
 「そうか」
 その答えを聞いたアールは、すっきりしたように言った。
 「それに何が書いてあるのか、何年もずっと気になっていた。だがこれですっきりした。この国の人間には読めない文字なんだな」
 「かもな」
 ジェフは父親の遺した黒い本を持ったまま、それとなくアールの様子を窺っていた。
 「読めないものを押し付けるようで悪いが、カルロスの形見だと思って、それは持って行ってくれないか。ここにあるとどうしても気になってしまうから」
 アールは諦めたように笑った。
 「わかった。ありがとう」
 ジェフがそれを懐へしまおうとすると、アールはため息をついた。
 「だけど、残念だ」
 「何がだ?」
 「あんた。まだ私を信用してないんだな」
 穏やかな口調だったが、ジェフはその言葉を聞いて、警戒するような目つきでアールを見た。
 「どういう意味だ」
 ジェフは無意識に腰に差した短刀の柄を握った。
 「試すような真似をして悪かった」
 アールは両手を軽く挙げて、机の端に腰をかけた。
 「カルロスに、ちゃんと聞いてあるんだ。それが何なのか、なぜあんたに渡せと言うのか・・・。そんな聖堂の古代文字の書かれた、いかにも怪しげな文献を、普通見ず知らずの人間に預けるか?カルロスがそんな浅はかな男ではないと、あんたも知ってるはずだろう?」
 「何を聞いた――?」
 「彼は、それに何が書かれているのかは決して言わなかったし、絶対に他の人間に知られるなとも言った。もし誰かに奪われるようなことがあったら、燃やしてしまえと。それくらい、大切なものだと言っていた」
 「・・・なぜ、親父がこれをあんたに預けたのかわかるか?」
 「どうかな・・・でも」
 アールは考え込むように首をかしげた。
 「カルロスがここを出て行くといったとき、最後に引き止めに行ったのは私だった。そのとき、不思議な話をしてくれた」
 それから、アールは記憶を辿りながら、カルロスが何を言っていたのか、ゆっくりと話し始めた。

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