薬草畑の夫婦 1

2013.03.08 (Fri)
 次の日、ジェフはアールの家に招かれた。
 アールは薬商もあまり通らないこの村でただ一人の医者で、病院と呼べる場所も、彼の小さな施療院しかない。
 年寄りも多いこの村ではアールはかなり忙しく、ジェフが彼の家を訪ねたのは日が沈んでからだった。
 施療院の看板の下がったドアをノックしかけると、上の方からアールの声がした。
 「ああ、そっちじゃない。悪いが裏へ回ってもらえるか」
 アールは建物の二階の窓からジェフに呼びかけていた。
 「わかった」
 言われたとおりに裏手へ回ると、畑に奇妙な形の花が咲いていた。おそらくアールが治療で使う薬草だろう。
 暗くてどこまでが薬草畑になっているかわからないが、かなりの広さがあるようだった。
 「悪いな、呼びつけて」
 木の軋む音がしたと思うと、古い戸口からアールが顔を出して出迎えてくれた。
 「こっちこそ、忙しいのに悪いな」
 アールはジェフを中へ招き、階段を上がった。
 住居と施療院が繋がっているせいか、かすかに薬の匂いが漂っていた。
 都やその周辺の医者の自宅というのは豪奢な家が多いが、彼の家は質素で、贅沢品など一つも見当たらなかった。
 「妻が、あんたが来るんで張り切って料理してる」
 アールが灯りの点いたドアを開けながら、振り返って笑った。
 部屋に入ると暖炉では暖かな火がパチパチと爆ぜていて、アールの言ったとおり、何かの料理のいい香りがした。
 「アリス」
 アールが部屋の奥に声をかけた。
 アリスと呼ばれた女性は、奥の竈の前からパッと立ち上がって、二人のほうへやって来た。
 長い金髪を一つに束ねた、見たところかなり若い、可愛らしい女性だった。
 「彼が、カルロスの息子のジェフリーだ。ジェフ、妻のアリシアだ」
 アールが両者を紹介すると、ジェフは彼女の手を取って挨拶しようとしたが、それより先にアリスの方が熱烈に彼を歓迎した。
 「ああ!お会いできて嬉しいわ!私、あなたのお父様には本当に助けていただいたの」
 アリスは目に涙を浮かべそうな勢いで、嬉しそうにジェフの両手を握り締めた。
 「あ・・・、いや・・・」
 ジェフは俺にまで感謝する必要はないと言いかけたが、もはやそんな雰囲気ではない。
 「私、アリシアです。アリスと呼ばれています」
 「ジェフリーだ、ありがとう。あの・・・」
 アリスがいつまでもジェフをじっと見つめたまま手を握っているので、ジェフはいたたまれなくなってしどろもどろだった。
 しかも旦那の目の前だ。
 「アリス、ジェフが困ってるよ」
 アールが苦笑して妻に言った。
 「あ、ごめんなさい、嬉しくて。だって本当にカルロスとそっくりなんですもの」
 アリスはもう一度ふふっと笑うと、食事ができましたから、と言ってまた奥へと戻っていった。
 「昨日、あんたに会ったと話してからずっとあんなだ」
 アールは困ったように笑って、ジェフに座るように促した。
 「何て言ったんだ?」
 「別に、ただカルロスの息子がここへ越してきたと言っただけだ」
 「俺に会って何がそんなに嬉しいんだ・・・?俺は親父じゃないんだぞ?」
 あんなに喜ばれても・・・とジェフが困惑しきって首を傾げたが、アールはそんな彼を横目で見ながら水差しを取り上げた。
 「彼女は、本当に死にかけたんだ。あの病が流行ったときに。私は幸い、“あれ”には感染しなかったが、アリスが倒れたときは、もうこの村に“あれ”が蔓延していた頃だった。村の半数以上の人間が感染して、一人、また一人と、毎日何人もの村人が死んでいった。私も、アリスについていてやりたかったが、何しろこの村には他に医者がいない。“あれ”の治療に役立つような手立ては何もなかったが、それでもできることはしなければと思った。・・・もうダメかと思ったとき、カルロスが薬草を見つけて戻ってきた。自分を実験台にしてから病人たちの元へ回り、私にもその使い方を教えてくれた。カルロスと私と、あの頃ここにいた助手と三人で、村中を回った」
 アールは思い出しながら、ゆっくりと話していた。
 「・・・もちろん、間に合わなかった者もいた。だが、あの薬を使ってからは、みんなすぐに目を覚ました。アリスも、倒れてから五日目、普通なら死に至る日数だったが、奇跡的に助かったんだ。後で聞いた話なんだが、カルロスは薬草を探しに出かけてからの数日間、ほとんど一睡もしなかったそうだ。おかげで、あの事件が終わった後に過労で倒れてね――」
 笑っちゃ悪いが、と言いながら、アールはそのときのことを思い出したのかクスクスと苦笑を漏らした。
 「楽しそうね、カルロスの話?」
 アリスが、パンとスープの鍋を盆に載せて戻ってきた。
 「どうぞ」
 彼女はにこっとしてジェフにパンの皿を渡し、湯気の立ったスープを盛り分けた。
 「ありがとう」
 「ごちそうだなアリス・・・」
 パンに胡桃が混ぜてあるのを見て、アールが呟いた。
 「だってカルロスの息子さんよ!?」
 アリスは嬉しそうに、自分も食卓についた。
 「アリシア、あの・・・」
 彼らが自分の父親に感謝しているのは理解できるが、自分までそんなに丁重に扱われてはいたたまれたものではない。
 ジェフが先程アールに言った言葉を繰り返そうとすると、アリスが遮った。
 「自分はカルロスじゃないから?」
 「え?」
 ジェフは言おうとしていたことを先に読まれて少し驚いた。
 「ごめんなさい、聞こえたの」
 アリスは依然にこにこしていた。
 「わかってるわ、あなたがカルロスじゃないってことくらい。彼にはもちろん、ものすごく感謝してるわ。亡くなられたと聞いて、とても残念だわ・・・」
 お気の毒に、と、アリスは静かに言った。
 「だけど、私があなたに会えて嬉しいのも、こうしてもてなすのも、あなたももうこの村の人だからよ。この村では、みんな家族のようなものだから。とくに、あの一件以来はみんな結びつきが強くなったと思うわ」
 そこまで言って、アリスは急に目を逸らした。
 「もてなすって言っても、大した料理じゃないけど・・・」
 その様子を見て、ジェフはうっかり吹き出した。
 料理に自信がないのだろうか、ひどく申し訳なさそうな顔をしていた。
 「すまない、ありがとう」
 ジェフはアリスの言葉に感謝した。
 恩人の息子とはいえ、見ず知らずの男にそんな言葉をかけてくれる人間もそういないだろう。
 アールの話では、この村の大部分がそうらしいが。
 アリスはジェフが笑ったのを見て、安心したように自分も微笑んだ。
 「アリス、大丈夫だ、おいしいよ」
 豆のスープを口にしながら、アールが言った。
 「本当?ああよかった」
 アリスは心底ほっとしたように夫を振り向いた。
 「客が来たり、緊張すると匙加減が分からなくなるそうなんだ。薬の調合に関しては、私より優秀なんだが。でも今日は大丈夫だ」
 アールはジェフにも食べるように勧めながら、アリスの秘密を教えてくれた。
 「大丈夫大丈夫って、アールあなたねえ」
 ジェフは元から猫舌であったが、アリスを安心させる為にも、熱いスープをありがたくいただいた。
 城を追われてから、まともな温かい食事は久しぶりだった。
 ジェフは今日ここへ招いてくれた夫婦に感謝した。

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