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塩の谷 3

2013.03.07 (Thu)
 ジェフが酒場を出て、裏の通りへ入って行こうとすると、後ろから声を掛けられた。
 「おい」
 無意識に懐に手を突っ込んで、いつも持ち歩いている短刀を抜きながら振り返ると、アールがやってくるところだった。
 「何だ?」
 「すまなかったな」
 「すまなかった?」
 突然詫びられて、ジェフはオウム返しに聞き返した。
 「あいつはどうも、口と手が一緒に出る性質だ。突然あんなことになって、すまなかった」
 「いや、あんたが詫びることはないだろう。むしろ詫びるのは俺の方だ。あんたにはあいつに殺されずに済んだ借りもある」
 アールは笑って手を差し出した。
 「アールだ」
 「・・・ジェフだ」
 ジェフはその手を取って握手をしながら、怪訝そうに尋ねた。
 「あんたは俺が憎くないのか」
 「そうだな、政府の人間には言ってやりたいことが少なからずあるが、あんた個人には全く何の恨みもない。そもそもさっき会ったばかりだ」
 それとも恨んだ方がいいか?と、アールは悪戯っぽく笑い、ジェフもご遠慮願いたいものだと苦笑した。
 「それで、何の用だ?」
 「ああ。あんたにはこの村にいてほしいんだ」

 アールは、立ち話では長くなるからと、彼の施療院の隣にある薬倉庫へジェフを案内した。
 「おい、いいのか。俺をこんな所に連れ込んだところを村人に見られたら、何を言われるか知れたものじゃないぞ」
 「問題ない」
 心配そうに手近の椅子に腰掛けたジェフを、大して気にも留めずに、アールはランプに火を灯して持ってきた。
 どう問題ないのか、ジェフは内心首を傾げていたが、アールが古い椅子に腰を落ち着けると静かに言った。
 「アール」
 「何だ」
 「すまないが、フリーギダの事件を、あんたが知ってる限り、詳しく話してくれないか」
 「本当に知らなかったんだな」
 「嘘だと思ったのか」
 「半々だった。嘘にせよ何にせよ、あんた一人の責任じゃない。あんたがここで私たちに殺される義理はない」
 アールはふと遠い目をしてから話し始めた。
 「そこの塩の袋」
 アールはジェフの頭上の袋を差して言った。
 「それも、フリーギダで摂れた物だった。この村も、昔から麦や果物の作物と、あの谷で採れる塩とで交易をしていた。
 ところが、フリーギダへ続く主要街道が、地滑りで通ることができなくなった。それに加えて、しばらく前からの日照り続きで、フリーギダで採れる数少ない作物も大きな被害を受け、谷では食糧があっという間に底をついてしまった。
 谷は当然、国に救援を求めたが――、この辺りのことはそっちの方が詳しいだろう。国はフリーギダに、救援物資を与える代わりに、その分の金を払えと・・・。お陰で谷の人々は、街道が復旧される間他所の土地へ移ろうにも金を稼がねばならなくなり、ほとんど谷に閉じ込められた。
 この村をはじめ、近隣の土地は、残された獣道のような道を使って食料を運んだが、街道で馬車を使えない限り、人の手だけでは運べる量や物に限度があった。
 いつしか谷では年寄りが続けて死に始め、子供たちも飢饉の犠牲になった。
 谷は、国に必ず金は納めるから、とにかく街道を復旧して食糧をくれと何度も訴えたが、何も変わらなかった。
 その頃だ。地方の貴族の道楽の為に飼われている獣の積まれた馬車が、あの閉ざされたも同然の谷の上から落ちてきたそうだ。人々は逃げ場を失い――」
 アールはそこで言葉を切った。
 その後のことは、皆まで言われずとも簡単に想像がついた。
 「当然国は、事故としてそれを処理した。実際、あの谷の上の土地も、かなり荒れているだろう?今までも馬車が横転したり、曲がりきれずに落ちてきたなんてこともあったそうだ。
 それでも、この辺の村人たちは、フリーギダは暴動を起こす前に潰されたんだと、そう思ってる」
 アールは深いため息をついた。
 「私が話せるのは、そんなところだ」
 「・・・そうか・・・」
 ジェフは窓枠に肘を掛け、手を広げてこめかみを押さえるようにうな垂れていた。  
 「酷すぎるな・・・」
 「ああ・・・。あんたは、いつまで都にいたんだ?なぜここへ来たんだ?」
 「ちょうど一月前だ・・・。話せば長くなるが、城を追われたんだ。フリーギダの飢饉のことは、ずっと議会へ訴えようとしていたんだが・・・」
 ジェフは苦しげに大きなため息をついた。
 「議会へ?そんな権力者だったのか?」
 「名ばかりだ。騎士団の長官だった」
 「長・・・っ?」
 アールは驚いてジェフをまじまじと見た。
 「本部のだろう?長官なんてやってて、何だって除籍したんだ?都を追われたと言っていたか?」
 自分から進んで除籍したというより、正確にはさせられたという方が正しいかもしれない。
 「色々あったんだ」
 ジェフは曖昧に言葉を濁したが、アールもそれ以上追求しようとはしなかった。
 「そうか。じゃあ質問を変える。あんたはどうしてあの奇病の名を知っていたんだ?カルロスから聞いたのか?」
 「・・・いや」
 「なら、なぜ知っていたんだ?」
 「・・・古い文献に記されていたことだ」
 「文献?」
 「悪いが、あまり深く話せる話ではない。だが、それがどうした」
 「実は、あんたにはこの村にいてほしい」
 思いもかけない言葉に、ジェフはしばらく返す言葉を失った。
 「・・・何故だ」
 「カルロスがこの村を出て行ってから、村人たちは何ヶ月も不安に陥った。またああいった奇病が発生したらどうしようと。正直、何年も経った今でも、風邪が流行ったりするとこの村はパニックになりかける。――少なくともあんたも、何を知っているか知らないが、あの病のことについて知っていた。だから、当時からこの村にいる村人が、あんたを見てカルロスを思い出せるように、ここにいてほしい」
 ジェフは黙って聞いていたが、やがて目を閉じて首を振った。
 「無理だろう。ルーカスと言ったか、あの男の反応を見ただろう。団や国側の人間に恨みや怒りを抱いている人間は多いはずだ。俺がここにいても、彼らの不快な思いを煽るだけだ」
 「そうでもないと思うが」
 アールは足を組み直した。
 「あんたがカルロスの息子だと分かったときの彼らの反応も見ただろう。カルロスは私たちの村を救ってくれた大恩人だ。この村は、村全体が家族のようなものだ。カルロスも、私たちにとっては家族も同然だった。彼は、あまり私たちと馴れ合おうとはしなかったが――。
 あんたがたとえ、騎士団に在籍していた人間でも、さっき言っていただろう、飢饉からあの谷を救おうとしていたと。都の人間全てが、地方や農村を見棄てていたなどと思うことは愚かしいことだ。その辺りは、この村の人間たちは分かっているはずだ。農民からも盗賊や人殺しが出るように、全てが悪で、全てが善ではないと」
 「もしそうだとしても、俺がここにいても何の助けにもならない。俺は親父ではない。親父に奇病を治す知識があったとしても、俺にも同じようにできるとは限らない。俺は医者でもない。・・・申し訳ないが、中途半端に希望を持たせることはしたくない」
 「かまわない」
 アールはきっぱりと言い切った。
 「カルロスがこの村を出て行こうとしたとき、みんな必死で引き止めた。それでもあいつはやることがあると言って出て行った。また戻るとは言っていたが、結局は帰ってこなかった」
 「なあ、アール」
 ジェフは困ったように、アールの言葉を制止するように手を広げた。
 「あのな、さっきも言ったが俺は親父じゃない。俺にまで感謝する必要はこれっぽっちもないんだ。それに、あんたが俺に留まって欲しかろうが、村人たちは必ず反対する。あんたも下手に俺の味方をして、村八分にされたくはないだろう」
 「・・・そうか」
 アールは頷いて、ジェフの言葉に納得したような顔したが、やがてとんでもないことを言い出した。
 「わかった。じゃあこうしよう。あんたが本部の長官だった頃、国中の飢饉やフリーギダについて何の手を打つこともできなかったことに対して、少しでも申し訳ないという気持ちがあるなら、その詫びとしてここにいていくれ」
 「何だって?」
 ジェフは、さっぱり意味が分からないという顔をした。
 「アール、何だって言うんだ――」
 「どうなんだ、あんたには多少なりとも罪悪感があるのか」
 「・・・・・・・」
 アールは、どことなく優越感を帯びた目でジェフを眺めているように見えた。
 多少なりともどころの騒ぎではない。
 そもそも彼がコルニクスに自分を抹殺する為の引き金を引かせることになったのは、飢饉について国王に諫言したのがきっかけだった。
 何も実行に移せなかった己の非力さを、どれほど呪ったことか。
 「ない・・・はずがないだろう」
 「よし。なら決まりだ」
 アールは晴れ晴れしく息をついた。
 「おい――」
 「大丈夫だ。村人のことは私に任せてくれ。問題ない」
 どう問題ないんだ。
 ジェフは一晩で同じことを二度思った。

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