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父親の痕跡 1

2013.03.03 (Sun)
 それから一ヶ月後――。
 首都カルブンクルスの遥か北、サルトゥス地方の農村部。
 ここは畑や果樹園が多く、土地は良く耕されているが、日照り続きで葉は萎れ、花も枯れていた。
 閑散とした通りの外れにある民家から女性の悲痛な泣き声が聞こえてきて、ジェフは足を止めた。
 「お願い・・・お願いよ・・・お水を・・お水を飲んでちょうだい・・・」
 戸口の窓からそっと中を覗いてみると、女性が一人、小さな子どもを抱いて泣いていた。
 「お願い・・・目を開けて・・・・・・。息を・・・してちょうだい・・・!!」
 泣き崩れる女性に声をかけることもできず、ジェフは目を伏せて立ち去ろうとした。しかし、
 「おい」
 後ろから男に呼び止められ、ジェフはゆっくりと振り向いた。
 「この辺の者じゃないな。うちに何か用か?」
 男は痩せていて、着ているものもぼろぼろ、手には蜂蜜の入った小さな瓶を持っていた。
 「・・・いや・・・。女性の泣き声が聞こえて・・・」
 その言葉に、男は血相を変えて家に飛び込んだ。
 「あ・・・あ・・・」
 女性が泣きながら腕に抱いた小さな亡骸を見て、彼は愕然として妻の横に座り込んだ。
 ジェフはもう一度頭を下げると、森の奥へと向かった。
 そこには、以前ジェフの父親が住んでいた小屋があった。
 ジェフが家を出てから、二十年近くかけて父親の消息を追い、やっと会えたのがこの村だった。
 やるせない思いで、ジェフは埃の積もった小屋を見渡した。もう何年も誰も住んでいなかった。父親のラクテウスは、ジェフがようやく彼を見つけ、再会した翌年に、その頃にいた村の疫病にかかってこの世を去った。
 この小屋は、ラクテウスが40代の頃に使っていた、数少ない紋章官一族の隠れ家の一つだそうだ。ジェフをここへ連れてきて、何かあったときにはここへ身を隠せと、そう言っていた。
 ジェフが父親と過ごしたのはたったの一日だけだった。
 ラクテウスがこの世を去ったとき、彼はまだ五十歳だった。あれからまだ数年しか経っていない。
 一族の寿命から見ても、彼の死はあまりに早すぎた。

 この村で隠遁生活を始めてから数週間が経った頃、夕方に村の商店で氷砂糖を買い、元来た道を戻ろうとしていた。
 通りを出ようと角を曲がったとき、深緑色の外套がちらりと視界の端に入った。
 尾けられているようだ。
 城塞内にいた頃でさえ、常に周りを警戒していた。
 ウェルバの末裔であると知られたら殺される。そう教えられて生きてきたし、現にあの夜それが証明された。
 ここに彼の素性を知る人物がいるとは思えなかったが、何があってもおかしくない。
 ジェフは小屋に戻る道を逸れ、森へと入って行った。
 買ったものは懐へしまい、いつも持ち歩いている短刀をそっと取り出した。
 急にわき道に逸れて姿をくらますと、後ろから慌てたような足音が聞こえた。
 ――ああ、やっぱり一般人だ。
 騎士団にいれば、追跡術くらいは誰でも身につけるものだった。
 ジェフは木陰に隠れ、タイミングを計った。
 そして、相手がきょろきょろと周りを見回しながらやって来た瞬間、緑の外套の襟元を掴んで木に打ちつけた。
 「うゎっ!?」
 かなり若い男だった。一般人であれば、いきなりつけていた人間が現れ、その上短刀を首筋に突きつけられたら、驚かない方がおかしい。その男も例外ではなく、口をパクパクして自分を睨んでいる男を見た。
 「何の用だ」
 ジェフは低い声で訊いた。
 「べ、べつに、ちょっと話があっただけで――」
 男は冷や汗をかいてあわあわしながら言った。
 「ちょっと話すくらいなら、なぜ声をかけなかった?なぜ尾行するような真似をした?」
 「悪かった。悪かったよ――。ただ、だって、あんたちょっと怖かったから、声かけられなかっ――」
 「仲間はどこだ?」
 「仲間?」
 男は素っ頓狂な声を上げた。
 「仲間って何の仲間だ?粉挽きの組合仲間か?」
 ああ、これは嘘ではない――。
 男の恐怖の表情を見て、ジェフは確信した。
 掴んでいた襟元を放すと、男はホッとしたようにぜえぜえと息をして、怯えたようにジェフから数歩離れた。
 「悪かった。何の用だ?」
 「あんた、カルロスって男を知らないか?」
 ためらいがちに問われたその言葉に、ジェフは目を見開いた。
 「・・・お前、誰だ?」


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