Ivy-5

2013.02.22 (Fri)
 それから数ヶ月が経った。
 アリスは試験に合格し、医師になるための試験も残すところあと一つとなった。
 ある日の夕方、ガタッという音と共に、施療院のドアが開いた。
 それと同時に血と酒の匂いが辺りに広がった。
 相当酔った様子の血だらけの男と、その男を支えるようにその執事が入ってきた。 
 「どうなさいました?」
 アリスがすぐ駆け寄った。
 「剣で腕を――。飲み屋で賭けをなさっていたようで」
 なるほど。賭けをして如何様がバレ、切りつけられたというところか。
 「俺は王族だぞ!これくらいの傷でこんな薄汚いところへ連れてくるな!」
 男は酔ってはいても口調はしっかりしており、さすが一流貴族ともいえる風だった。
 「ご主人様――」
 そのとき、師とアールも駆けつけ、事情を聞いた。
 「念のためですから、一度お見せいただけませんか?」
 アールが割って入り、アリスに縫合の用意をするように言いつけた。
 王族の男はしぶしぶと言った様子でシャツを脱ぎ始めた。
 
 血で染まったシャツを見るからに、常人ならすでに意識も朦朧としてくるはずの傷の具合と思えた。
 しかし、実際に傷口を見てみると、20センチほどの切り傷はすでに癒え始め、見る見るうちにその傷は閉じ始めた。
 アールとアリスは愚か、師でさえも驚いた表情でその様子を見ていた。
 「アリス、念のため消毒を」
 「あ、はい」
 師が急いで言い、アリスはハッとして消毒液を手に取り、男の傷口を洗い始めた。
 ――こんな人間が本当にいるなんて・・・。
 アリスも貴族ではあるが、こんな体の特性はない。
 それだけ、彼女の家系は王族から遠く離れてしまったということだ。
 アリスが血で汚れた腕を拭き取っていると、不意に男がアリスの頬に触れた。
 「きゃっ!?」
 アリスは驚いて声を上げた。
 「あんた、美人だな」
 男はにやにやしながらアリスを見上げていた。
 「名前は?」
 「治療は終わりました。どうぞお気をつけて」
 アリスが男の腕に包帯を巻き終えたのを見て、アールがすぐに割って入った。
 「無礼な奴だな。俺は王族だぞ?」
 「失礼、何分、いくらか酔っていらっしゃるので」
 執事も男とアリスの間に割って入り、男にシャツを着せ掛け、金貨を置いて出て行った。
 「大丈夫か?」
 「え、ええ・・・」
 アールが尋ねると、アリスはまだドキドキしながら、触れられた頬をさすっていた。
 「何じゃ、お前もようやく独占欲というものに目覚めたか」
 師がからかうように言うと、二人とも顔を見合わせて肩をすくめた。

 数日が経った頃だった。
 施療院の扉をノックする音がして、常のごとくアリスが扉を開けた。
 そして、息を呑んだ。
 アリスの家の執事が立っていたのだ。
 「なぜここに――」
 「旦那様からのご命令です。今すぐ家へお帰りになるようにと」
 「いっ、嫌です!なぜそんな急に――」
 「どうしたんだ?」
 アールが騒ぎを聞きつけてやって来た。
 見ると、どこかの貴族の執事らしき男が立っているではないか。
 「こちらの施療院の方ですかな?お嬢様は学問をやめ、今すぐ家に戻られるようにと」
 「お嬢様・・・?」
 アールはアリスを怪訝な目で見下ろした。
 「違うの。待って、説明するから――」
 「説明など何も必要ございません。学校にもただいま手続きを済ませてきたところで――」
 「どうしてそんな勝手なことを!?」
 アリスはショックを受け、思わず涙が零れた。
 「アリス――!?」
 アールもただただ驚くばかりだ。
 「ご婚約者が見つかりました。さあ、お遊びはお終いです。家へ帰りますぞ」
 「遊びなんかじゃないわ!!婚約ってどういう――嫌っ!!」
 執事の後ろに控えていた男が二人、アリスの腕をつかんだ。
 アールは何もできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 「アール!違うの!遊びなんかじゃない!!私医者になりたい!!」
 アリスは叫び続けたが、やがて馬車に乗せられてしまった。

 その日の夜、アールは昼間の出来事を師に洗いざらい話して聞かせた。
 「本当なんですか?彼女が学校を辞めさせられたって」
 「ああ。残念じゃが・・・。親御さんの意向ではどうにもできん」
 師もがっくりと肩を落としていた。
 「そんな、彼女は成人です。成人が親の意向でなんて――」
 「アリスは貴族の娘じゃ。貴族の力の強さは知っておろう」
 「貴族って・・・先生は知っていたんですか!?」
 「師ならば知っておることじゃ。アリスはお前には何と言うたのじゃ?」
 「貴族の出身ではないと・・・」
 「ならば、そう名乗るそれなりの理由があったのじゃろうて。お前もショックじゃろうが、どうにもできんことじゃ」
 アールはいまだ信じられず、師が立ち去った後も呆然としているしかなかった。

 同じ頃、家に連れ戻されたアリスは、ただただ部屋で涙を流していた。
 そこへ上機嫌の父親と母親がやって来た。
 「久しぶりだな、アリス。学校は楽しかったか?」
 アリスは何も答えなかった。
 「さあさあどうした。お前の婚約者が見つかったのだぞ。素晴らしい方だ。ディアスシア伯爵のご子息、カルダ公だ!施療院でお前を見て一目惚れしたそうだ。よくやったな」
 「嫌です!」
 アリスは泣き叫んで訴えた。
 「私には心に思う方がいます!名前も存じない方と結婚などする気はありません!」
 「馬鹿なことを!ディアスシア伯爵といえば王族の中でも最も地位が高くていらっしゃるお方だぞ!この縁談に全てがかかっている。お前がカルダ公に嫁げば、お前もこの家も安泰なのだぞ!!」
 「地位など私には関係ありません!私には心に思う方がいるのです!」
 「いい加減になさい!」
 母親がたしなめるように割って入った。
 「わたくしはあなたの歳であなたを産んだのよ。わたくしたちの思いを分かっているの?全てあなたのためよ」
 「嘘です!私のためなんかじゃない!家系のためじゃない!」
 父親がパンッとアリスの頬を打った。
 「お前はこの家で育ててもらえただけでもありがたく思え!お前が生まれたとき女であることにどれほど失望させられたか――。里子に出されなかっただけでも感謝しろ!!明日はカルダ公がお見えになる!婚姻の契りを結ぶのだぞ!!」
 アリスは泣き崩れた。
 「嫌です――結婚などしません――っ!!」

 その夜、アリスの乳母を勤めてきた侍女アンナが、泣き続けているアリスの肩にそっと触れて言った。
 「お嬢様、差し出がましいようですが、このたびの縁談は素晴らしいもののようにわたくしには思えます。貴族の娘として生まれついたからには、お父上とお母上の望をかなえるのも、一つの務めではないでしょうか。旦那様と奥様を愛してはおられないのですか?」
 「・・・愛しています。でも、それとこれとは関係ないわ・・・」
 「そうでしょうか。・・・この縁談が上手くまとまらなかったら、お嬢様とは縁を切るとも旦那様はおっしゃておいででした。それでもよろしいのですか?」
 「そんな・・・」
 アリスは愕然とした。
 幼い頃から酷い扱いを受けてはきたが、紛れもない家族だ。
 「そんなことって・・・」
 「お嬢様、ご自分にとって何が一番大切か、今一度お考えくださいませ」

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