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Ivy-4

2013.02.21 (Thu)
 ある日の夕暮れ時、閉院の準備をしながら、アールは新しい紙の束がいることを思い出した。
 「アリシア」
 「はい」
 新しい綿の補充をしていたアリスは、一度その手を止めて顔を上げた。
 「これから街へ行くんだけど、良かったら一緒に行くかい?」
 アリスはサッと赤くなって、嬉しそうに頷いた。
 「あ、はい。お邪魔でなければ・・・」

 その頃は、ちょうど秋の収穫祭の前だった。
 大通りにはかぼちゃで作ったランタンや、野菜の人形などが立ち並んでいた。
 ガラガラと大きな荷車が音を立てて通り過ぎて行く。
 「あの荷物、これから海を渡るのね」
 荷車に焼印された判を見て、アリスが呟いた。
 「ああ・・・、海が見たいわ」
 アリスはうらやましそうに笑って、アールを振り返った。
 二人は夜店であたたかい飲み物を買って、店仕舞をしたばかりの靴屋の軒先に腰掛けた。
 旅人や商売人たちも、同じように通りの店の軒先に腰掛けて酒を飲んでいるのが目に付いた。
 「調子はどう?」
 アールは温かい果物のワインで冷たくなった手を温めていた。
 「勉強ですか?かなり順調です」
 アリスは、この時期には珍しい桃のスープを飲んでいた。
 「ただ、やっぱり王族の方の処置方法は、実際に拝見しないと理解できないかもしれません。二針分の傷が三十秒で治ってしまうなんて・・・」
 「ああ・・・、彼らの手当ては、僕もまだしたことがないんだ。あの辺りに王族なんかまず来ないからね」
 アールが苦笑すると、アリスもつられてクスクスと笑った。
 「もう収穫祭だけど、アリシアは家に帰らないのかい?」
 アールは通りで蝋燭やランプに照らされた飾り付けを眺めながら尋ねた。
 アリスは一瞬戸惑ってから、平静を装って答えた。
 「はい。勉強したいし、家にいるよりこちらにいるほうが楽しいですから」
 「家族は寂しいだろうね」
 アリスは精一杯笑って見せた。
 「アールは、クレメンティアには帰らないんですか?」
 「クレメンティアに?」
 アールは危うく噴出すところだった。
 「クレメンティアとここを往復するのに、馬に乗っていっても二日はかかるからね。滅多なことでは帰らないよ。そうだな・・・、成人するときに一度帰って、それっきりだな」
 「あ、そうなんですか」
 地理をほとんど知らない自分を、アリスは恥じたが、それからふと思いついて尋ねた。
 「・・・ずっと家に帰らなくて、寂しくないですか?」
 「そうだね・・・」
 アールはふと微笑んで、口をカップから離した。
 「あんまり考えたことなかったけど、今は寂しいとかは全く思わないよ」
 それまでずっと通りを眺めていたアールだったが、ちょっと微笑ってアリスを振り向いた。
 「それは、よかったです」
 アリスはびっくりして、まごつきながらそう答えた。

 通りをぶらぶらと歩いて、子どもの頃の話など、他愛もない話をしながら、アールはアリスを下宿の近くまで送ってきた。
 「二階の窓から飛び降りた!?」
 アリスの幼少期の話を聞いたアールは、アリスの外見とのギャップに度肝を抜かした。
 「ええ。お仕置きを受けて外出禁止になると、窓から蔦を伝って、途中から飛び降りました」
 「そういえば、君書庫の本棚にもよじ登ってたしね・・・」
 アールがしみじみというと、アリスは「それは忘れてくださいって言ったじゃないですか!」と慌てて取り繕った。
 やがて下宿が見えてくると、もう門限近くになるのに、一人の娘が中から出てきて、アリスにちょっと手を振ってから闇夜に消えていった。
 「これから出かけるのか?大丈夫かな」
 アールは何気なくそう言ったが、アリスが突然クスクス笑い始めたので、彼女が向かう先を理解して慌てて言い繕った。
 「いや、そうじゃなくて、夜道は危ないから――」
 「すみません――、ええ、わかってます、はい」
 まだクスクス笑いながら、目じりの涙を拭った。
 「それじゃあ、おやすみなさい」
 「おやすみ。また明日」
 アリスはちょっとアールを見つめてから、下宿の階段を上っていった。


 それから、さらに時が経ち、アリスが研修を受け始めてから一年が過ぎた。
 秋の暮れ、その日は晩秋の嵐の夜だった。
 施療院は早めに閉め、師はすでに帰途に着いた。
 ただ、アリスは近々試験があるので、まだ施療院に残っていた。
 アールもアリスの勉強に付き合い、気がつけば日もとっぷりと暮れていた。
 「もうこんな時間だ」
 アールが顔を上げて時計を見た。
 「ええ。ごめんなさい、こんな時間まで付き合わせて」
 「僕も習生の頃は必死だったからね」
 アールは腕を伸ばして大きく伸びをした。
 「寒いわ・・・」
 アリスは小声で言うと、自分の両腕をさすった。
 「なら、続きは離れでするかい?向こうの方がここより暖かいよ」
 アリスが驚いてアールを見上げると、アールは慌てたように手を振った。
 「いや、変な気はないよ」
 「ご、ごめんなさい。失礼ね、私ったら」
 アリスも赤くなってうつむいた。
 「昨日作りすぎたスープもあるから、行こう。」
 アールは立ち上がってアリスの教科書をパタンと閉じた。

 離れは確かに病棟の面影を残していた。
 しかし、今は使われているのはごく一部だけで、後はほとんど廃墟のような佇まいだった。
 それでも、アールが使っている部屋は修理されて暖かく、そこかしこの蝋燭が明るく部屋を照らしていた。
 食事をして、勉強の続きをしていると、凄まじい突風が吹いて、二人は顔を上げた。
 「すごい嵐ね・・・帰れるかしら」
 アリスは立ち上がって窓から外を見た。
 もう夜中に近い。
 真っ暗闇の中、雨と風が激しく窓を叩いていた。
 そのとき、アリスはふっと温かいものに包み込まれるのを感じた。
 「・・・・・・!」
 アールが、後ろからそっとアリスを抱き締めたのだ。
 「アール・・・?」
 アリスは驚きのあまり、やっとの思いでかすれた声を出した。
 「アリス・・・」
 そっと耳元でささやく声。
 「こんな雨の中、帰ってしまうのかい・・・?」
 「アール・・・」
 「いつも頑張っている君はとても素敵だ・・・でもたまに教科書以外のものも見てくれないかな・・・?例えば僕とか」
 ゆっくりと、アリスはアールと向き合った。
 「何もしないって・・・」
 「ごめん、無理だったね」
 アールは苦笑したが、アリスは口の中がからからに乾くのを感じていた。
 「アリス・・・」
 アールは優しく、ゆっくりとアリスの頬を撫でた。
 「君が好きだ・・・愛してる・・・」
 何度も何度も、彼の手は優しく彼女の金の髪を梳いていく。
 どれくらいの時間が経ったのだろう。
 二人は見つめあったまま、ただ佇んでいた。
 アリスは次第に緊張がほぐれ、ずっと抑えてきた感情が噴出すのを感じた。
 私は、貴族の娘・・・。
 婚姻前に誰かと契りを結ぶなど、あるまじきこと・・・。
 ・・・でも、それでもかまわない。
 私はアールをずっと・・・。
 「アール・・・」
 初めてその名前を呼ぶように、アリスはゆっくりと彼の名を唇に乗せた。
 「私も愛してるわ・・・」
 アールはただ嬉しそうに微笑んだ。。
 ゆっくりと、優しく二人の唇が重なる。
 
 長い夜が更けていった。


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