スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Ivy-8

2013.02.27 (Wed)
アールは何も考えずに、アリスの後を追って飛び込んだ。
 死んでもいい。彼女をつかまえたい。
 その思いだけだった。 
 
 二人が助かったのは奇跡だった。
 アールは海中でアリスを捕まえると、海面へと浮かび上がった。
 アリスは顔に金髪を散らして意識を失っていた。
 近くの岸壁に身を寄せると、アールは必死に呼びかけた。
 「アリス!アリス!!」
 しばらく呼び続けると、ようやく、アリスはうっすらと目を開けた。
 「・・・アール・・・?」
 「アリス・・・!アリス・・・!!」
 アールは力の限りにアリスを抱き締めた。
 「私・・・死んだんじゃ・・・」
 「死なせるわけないだろう」
 「アール・・・私・・・」
 アリスの声が涙声にになった。
 「アール・・・ごめんなさい・・・!あなたの子を・・・!私・・・私・・・!!」
 「僕に責任がある・・・。本当にごめんよアリス。苦しかったろう・・・辛かったろう」
 「赤ちゃんが・・・私たちの赤ちゃんが・・・!!」
 「守れなくてごめんよ・・・」
 アリスは泣きじゃくり、アールは謝り続けた。
 「違うわ・・・私、あなたに嘘を吐いたわ・・・。私が貴族だとわかっていれば・・・」
 「もういい。僕は君が貴族だろうと王族だろうと君を愛して君を奪っただろう。もう自分を責めるのはやめてくれ」
 「アール・・・私、死にたい・・・」
 アールにしがみつき、振り絞るような声。
 「だめだ。僕を置いていかないでくれ。どうしてもと言うなら、もう一度崖に上って、一緒に飛び降りよう」
 アールは優しくアリスの髪を梳きながら微笑んだ。
 「だめよそんなの・・・」
 アリスは辛そうに笑った。
 「じゃあだめだ。僕にいい考えがある。・・・結婚しよう」
 しかし、アリスは首を横に振った。
 「だめ・・・できない・・・」
 「どうして?」
 「私・・・もう赤ちゃんを産めない体になってしまったの・・・」
 「かまわない。僕はアリスさえそばにいてくれればそれでいい」
 アールはもう一度、アリスをぎゅっと抱き締めた。
 「結婚しよう、アリス」
 「私でいいの・・・?」
 「君じゃなきゃダメなんだよ」
 アリスはようやく一筋の光を見つけたような瞳で微笑んだ。
 アールはとめどなく流れるアリスの涙を拭い、その唇に口付けた。
 「アール・・・愛してるわ・・・」
 アリスはようやく闇から抜け出て、心からの幸せを感じ始めた。

 それから二人は、アリスの体力が回復するのを待って、旅に出かけた。
 サルトゥスという村には、施療院がないと聞き、二人で開業することにしたのだ。
 旅に出る前の晩、アリスは家の二階にある、弟の部屋に小石を投げた。
 「姉さん!」
 音に気付いた弟が窓から顔を覗かせ、押し殺した声で驚きの声を上げた。
 「待ってて、今行くから!!」
 弟も姉と同じように、二階の窓から飛び降りてきて、アリスを抱き締めた。
 「姉さん」
 「リクニス」
 「姉さん、身体は大丈夫なの?」
 「ええ、もう大丈夫よ。私には最高のお医者様がついててくれるから」
 アリスは一緒に来ていたアールを振り返った。
 「じゃあ、この人が――?」
 リクニスの表情が一瞬こわばったのを見て、アリスは静かに言った。
 「そうよ。でも私たちは深く愛し合っているわ。だから彼が悪いとか、そんなこと思わないで。私は今、とても幸せなんだから」
 「どうして?あんなことがあったのに」
 「ええ、確かに辛いわ。でもそれを一緒に乗り越えてくれる人がいるから、私は幸せなのよ。今は分からなくても、いつかあなたにも分かるときがくるわ」
 「・・・でも、父さんたちもいつか報いを受ける日がくると思うよ。昔から姉さんに酷いことばかりして・・・」
 「もう済んだことよ」
 アリスは優しく弟の髪を撫でた。
 「これからどうするの?」
 「彼と一緒に旅に出るわ。どこかで開業するつもりよ」
 「そうか・・・。寂しくなるよ」
 「リクニス」
 アリスはリクニスの頬を包み込み、額と額をこつんと合わせて言った。
 「はなれていても、私はいつもあなたの味方よ。あなたと一緒に育って、私は幸せだったわ」
 貴族としての意識が高いアリスの家では、躾もひどく厳しくされてきた。
 リクニスは父親から叱られたときなど、いつもアリスのところへ行き、優しく慰められていたのだ。
 「僕も幸せだったよ」
 それからリクニスは顔を上げて、アールを見た。
 「姉さんを頼みます」
 「ああ。命の限り、彼女を守るよ」
 そして、姉弟は別れ、別々の道を歩き始めた。

 二人は半月ほどかけて、サルトゥスの村に足を踏み入れた。
 この村には、本当に医者がいなかった。
 街道からも外れているので、薬商もほとんど通らず、女性にして薬師であるアリスは人々の尊敬の念を集めた。
 二人はいたく歓迎され、村人たちと、隣のフリーギダという村の住人たちが二人の結婚式も執り行ってくれた。
 アールはアリスに花冠をかぶせ、再びここに誓った。
 「命の限り、君を守り抜く」
 アリスもそれに応えて誓った。
 「命の限り、あなたのそばを離れません」
 ここに二人は固い絆で結ばれ、苦楽を共にし、やがて大きな運命に巻き込まれることになる。

 それはまた、別のお話――。
   アイビーの花言葉―――死んでも離れない。
(完)

arrow-h-f10.gif

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ




スポンサーサイト
Category: Ivy | Comment(0) | Trackback(0)

Ivy-7

2013.02.26 (Tue)
 アリスは腹部の酷い痛みで目を覚ました。
 もう夜になっていた。
 ランプがうっすらと部屋を照らし出していた。
 「目が覚めましたか」
 「アンナ・・・」
 侍女が物憂げに傍らに立っていた。
 「赤ちゃんは・・・?」
 「旦那様のご命令で・・・」
 「そんなっ・・・!!」
 一気に涙が溢れた。
 「嘘でしょう!?嘘だと言って!!」
 「嘘でこんなことは申し上げません」
 「そんな・・・どうして・・・!!」
 アリスは再び泣き崩れた。
 「お嬢様、もう一つ、ご伝言が・・・」
 アンナは言い難そうに言った。
 「旦那様が、「もうお前は娘ではない」と・・・」
 「アンナ・・・?」
 アリスはすがる思いでアンナを見上げた。
 今は母親よりも親しいアンナだけが、自分の味方のように思えた。
 しかし、アンナは一歩下がり、
 「わたくしもこれで失礼しなければなりません・・・」
 「行かないで・・・!一人にしないで・・・!!」
 アリスはすすり泣きながら訴えたが、無駄であった。
 「旦那様のご命令です」
 アンナは一礼して出て行った。
 アリスはただ一人、暗闇に飲み込まれて行った。

 それから二週間が経ったが、アールの耳には、王族の結婚式が執り行われたという知らせは入って来なかった。
 縁談が持ち上がってから、五日から十日以内に式を挙げるのが王族の常だ。
 当然、アールの心からアリスが消え去ったはずもない。
 アールはアリスの消息をどうしても知りたくなり、伝を頼ってアリスの家を突き止めた。
 
 アリスの家の呼び鈴を鳴らすと、アリスを迎えに来た執事が顔を出した。
 「何か御用ですかな」
 「施療院でアリシアの指導をしていた者ですが、彼女はいますか」
 「この家にそのような方はおられません」
 「嘘だ」
 「嘘、とおっしゃいますと?」
 「あなたはアリシアを迎えに来た方だ。彼女をお嬢様と呼んだ」
 執事はようやくアールを思い出したのか、「ああ」という顔をした。
 「少々お待ちを」
 しばらくすると、アリスの父親が顔を出した。
 「何者だ」
 「アリシアを施療院で指導した者です」
 「そんな女はうちにはいない」
 「ちょっと待ってください」
 アールは扉を閉めようとした父親を強引に止めた。
 「あなたも執事の男性も、なぜ彼女をいない人間のように扱うのです?あの男性は確かにアリシアを迎えに来ました。私は学院の伝を辿ってこの家にたどり着いたのです」
 「・・・何の用だ?」
 父親は訝しげに尋ねた。
 「彼女は今どうしているんですか」
 「・・・まさか貴様か!うちの娘を孕ませたのは!!」
 父親は激昂した。
 「孕ませ・・・!?」
 アールは驚きのあまり、言葉を失った。
 「お前のせいでうちの娘は――!!」
 「アリスは今どこにいるんです!?」
 「あんな屑のような女、縁を切ってやったわ!!貴様の子供ももうこの世にはおらん!下ろしてくれたわ!!」
 アールは反射的に父親を殴っていた。
 「人の命を何だと思っているんだあなたは!!娘の子だぞ!?」
 
 それからアールは、アリスを探して施療院を片っ端から回って走った。
 しかし、どこにもアリスはいなかった。
 夕暮れ時になって、最後に行き着いた施療院で、ようやく手がかりを掴んだ。
 「ええ、いました」
 父親に堕胎させられた、アリシアという娘がいなかったかと尋ねると、医師は肯いた。
 「堕胎させられてから白痴のようになって・・・。毎日一日中食事もせずに泣き通して・・・、かわいそうなことをしましたが、父親や家族に強制的に堕胎させられるのは珍しいことではない。特に貴族の間では秘密裏に行われますからね」
 「それで今、彼女は?」
 怒りと同時に自責の念で胸が痛む。
 アールの心はただアリスを求めていた。
 「それが、二日ほど前に脱走しまして・・・」
 医師は言いにくそうに言った。
 「脱走!?そんな状態でどうやって!?」
 「窓が、開いていました。おそらく窓から飛び降りたのでしょう」
 アールは、以前アリスが本棚をよじ登ったり、子どもの頃から窓から家出をしていたと話していたことを思い出した。
 「どこへ行ったか思い当たりませんか?」
 「さあ・・・」
 アールは途方に暮れた。
 もはや彼女には会えないのだろうか。
 アールはアリスを守れなかった自分を呪った。
 
 『海が見たいわ』

 突然、アリスが以前に言っていたことを思い出した。
 その前に自分は、クレメンティアの丘の話をしていたはず――。
 「どこへ行くんです!?」
 アールは我知らず走り出していた。

 二日間、アールは夜を徹して馬を変えながら走り続けた。
 間違いない。
 クレメンティアには丘は一つしかない。
 アリスはそこにいるはずだ。
 ――間に合ってくれ・・・!!
 アールは祈りに祈り続けた。
 
 アールは久しぶりに故郷の地を踏んだ。
 しかし懐かしさよりも切迫した思いで一杯だった。
 そして――。
 断崖絶壁の丘の上に、捜し求めた金の姿を見つけた。
 ただ呆然と、冷たい地面に座り込み、海を見つめていた。
 かつてあれほど丁寧に手入れをされて美しく流れていた髪の毛ももつれ、痩せこけ、表情もやつれ果てていた。
 アールが駆け寄ろうとすると、アリスはやおら立ち上がった。
 間に合わなかった。
 アールの存在にも気付かずに、アリスは崖から飛び降りたのだった。


arrow-h-f10.gif         次へ



にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

Category: Ivy | Comment(0) | Trackback(0)

Ivy-6

2013.02.25 (Mon)
 アリスは一晩悩みぬいた。
 学校を辞めさせられ、薬師ではあっても医者への道ももはや閉ざされてしまった。
 さらに親と縁を切られたら、アールからも引き離された今、アリスに寄る辺もない。
 すべては夢だったのだろうか。
 医者になり、自立した人生を送ることも、愛したアールとの幸せな日々も、何もかも。
 やはり自分は貴族の子であって、親の意思に従い、家系の繁栄の為に身を捧げるしかないのだろうか。
 何度も何度も繰り返し考え、悩みぬいたが、アリスにはもはやどうすることもできなかった。
 
 次の日――。
 アリスは晴れ着を着せられ、カルダ公を迎えるよう言いつけられた。
 金の髪は結い上げられ、その美しさはまさに貴族のそれであった。
 しかし、アリスの心は呆然とし、何も考えられなかった。
 そして、やがてやって来たのは――。
 「これはこれは。今日はより美しくていらっしゃる」
 先日酔って施療院にやって来た、あの男だった。
 今日は王族らしく正装で、いかにも紳士らしく見えた。
 カルダは恭しくアリスの手を取って口付けようとしたが、アリスは顔を引きつらせてサッと手を引っ込めた。
 そこで父親が慌てて割って入った。
 「申し訳ありません閣下。娘は少し、緊張しているようで――」
 「ええ、そうでしょうとも」
 カルダも笑顔を崩さずに、朗らかに応えた。

 二階のサロンで、ひとしきり儀礼どおりのやり取りが行われ、カルダとアリスの二人が残された。
 父親は去り際に、くれぐれも無礼のないようにと念を押して行った。
 「まだ緊張しておいでですか」
 一言も口を利かないアリスに、カルダは優しく問い掛けた。
 「え、ええ・・・」
 ぎこちなく微笑み、アリスは肯いた。
 「私もです。先日はお恥かしい姿を晒してしまい――、大変な失礼をいたしました」
 「いえ・・・」
 「しかしあの日、私はあなたの美しさの虜になった。その瞳の何たる聡明なことか。私は未来の花嫁を見つけたのです」
 自信たっぷりに、カルダは続けたが、アリスの耳には遠く感じられる言葉ばかりだった。
 「あなたも、なぜあのような汚い仕事をしようと思ったのです。お遊びのつもりだったのでしょうが、薄暗く陰気な場所に篭ってしまえば、あなたの美しさも半減してしまう。その証拠がどうです、今日のあなたの美しいことと言ったら言葉にならぬではありませんか!私の妻となった暁にはより――」
 「何ということを・・・」
 カルダの言葉はアリスの震える声で遮られた。
 「私は遊びで医者を目指していたわけではありません。心から医者になりたいと思い、あの場所にいたのです。汚いなどと――」
 一言ごとに、アリスの意思が戻って来るようだった。
 「あなたのような方が医者など!そもそも女の医者など聞いたこともない!」
 「私は――、私は――」
 昨夜の侍女の言葉が脳裏をよぎる。
 『この縁談が上手くまとまらなかったら、お嬢様とは縁を切るとも旦那様はおっしゃておいででした』
 それでも。それでも・・・アール・・・!!
 「今回のお話はわたくしには身に過ぎたことです。なかったことにしていただけませんか」
 アリスは冴え冴えとした目でカルダを見、静かな声で言った。
 「何を――」
 アリスの脳裏に、アールの笑顔が蘇る。
 彼は今、自分のことをどう思っているのだろう。
 裏切られたと思っているのだろうか。
 そうではない。そうではないのだ――。
 はやくアールに説明しなくては。
 「失礼します」
 アリスが部屋を出て階段を降りようとすると、カルダが彼女の腕を掴んだ。
 「三流貴族の娘を嫁にもらってやろうというのだぞ!ありがたいと思わないのか!!」
 「いやっ――」
 すごい力で腕を締め上げられ、アリスは彼の手を振りほどこうと暴れた。
 「お前のように施療院で婿探しをしている娘が大勢いるのは知っているぞ!あんな薄汚い仕事をしていたような女でも妻にしてやるというのに貴様は――」
 カルダの罵声に、何事かと両親も飛び出してきた。
 そのときだった。
 「放してっ!!」
 「そうか、ならばどこへなりと行くがいい!!」
 叫び声と共にカルダはアリスを突き飛ばし、アリスは階段を転がり落ちた。
 「アリス!!か、カルダ公、娘が何か失礼を――」
 父親があわててカルダに駆け寄ろうとしたが、アリスがひどく苦しみだしたので、アリスの具合を見に行った。
 「アリス?」
 「痛い・・・」
 アリスは腹部を抱えて苦しみだした。

 急いで馬車が出され、施療院へ駆り出された。
 その間もアリスは苦しみ続けた。
 施療院へ着き、診察を受けると、医師が言った。
 「お嬢様は、ご懐妊されています」
 アリス本人も、驚きに目を見開いた。
 ――私、アールの子を・・・!!
 「そんな・・・」
 母親が息を呑んだ。
 「この馬鹿者!!」
 苦しみ続けるアリスの頬を、父親はあらん限りの力を込めて打ちつけた。
 「この牝犬め!!親不孝者!!誰だ!?どこの馬の骨にたぶらかされた!?」
 アリスの肩を揺さぶり、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
 「お父様、お嬢様は危険な状態にあります」
 医師が諌めようとしたが、父親の怒りは納まらなかった。
 「下ろせ!!そんな子供は下ろしてしまえ!!」
 「嫌!!嫌です!!私が愛した方の子です!!」
 アリスは苦しみながらも、身を捩って拒否した。
 「とりあえず、お嬢様もご両親も落ち着いて話しましょう。お嬢様、少し眠っていただきますよ」
 医師が睡眠剤を染み込ませた布をアリスの口元に持ってきた。
 アリスは恐怖に身を竦めた。
 意識など失ったら何をされるか分からない。
 「嫌です!!やめて!!お父様やめてください!!お母様!赤ちゃんを助けて!!私をアールの元に返して!!」
 この父親なら本当にやりかねない。
 アリスは必死になって身を捩った。
 「大丈夫です。すぐに目が覚めますよ」
 「嫌です!!嫌!!嫌あっ・・・アール!アールっ!!」
 白い布が口元に押し当てられ、アリスは絶望と共に意識を失うのを感じた。


arrow-h-f10.gif        次へ

にほんブログ村 小説ブログへ

Category: Ivy | Comment(0) | Trackback(0)

Ivy-5

2013.02.22 (Fri)
 それから数ヶ月が経った。
 アリスは試験に合格し、医師になるための試験も残すところあと一つとなった。
 ある日の夕方、ガタッという音と共に、施療院のドアが開いた。
 それと同時に血と酒の匂いが辺りに広がった。
 相当酔った様子の血だらけの男と、その男を支えるようにその執事が入ってきた。 
 「どうなさいました?」
 アリスがすぐ駆け寄った。
 「剣で腕を――。飲み屋で賭けをなさっていたようで」
 なるほど。賭けをして如何様がバレ、切りつけられたというところか。
 「俺は王族だぞ!これくらいの傷でこんな薄汚いところへ連れてくるな!」
 男は酔ってはいても口調はしっかりしており、さすが一流貴族ともいえる風だった。
 「ご主人様――」
 そのとき、師とアールも駆けつけ、事情を聞いた。
 「念のためですから、一度お見せいただけませんか?」
 アールが割って入り、アリスに縫合の用意をするように言いつけた。
 王族の男はしぶしぶと言った様子でシャツを脱ぎ始めた。
 
 血で染まったシャツを見るからに、常人ならすでに意識も朦朧としてくるはずの傷の具合と思えた。
 しかし、実際に傷口を見てみると、20センチほどの切り傷はすでに癒え始め、見る見るうちにその傷は閉じ始めた。
 アールとアリスは愚か、師でさえも驚いた表情でその様子を見ていた。
 「アリス、念のため消毒を」
 「あ、はい」
 師が急いで言い、アリスはハッとして消毒液を手に取り、男の傷口を洗い始めた。
 ――こんな人間が本当にいるなんて・・・。
 アリスも貴族ではあるが、こんな体の特性はない。
 それだけ、彼女の家系は王族から遠く離れてしまったということだ。
 アリスが血で汚れた腕を拭き取っていると、不意に男がアリスの頬に触れた。
 「きゃっ!?」
 アリスは驚いて声を上げた。
 「あんた、美人だな」
 男はにやにやしながらアリスを見上げていた。
 「名前は?」
 「治療は終わりました。どうぞお気をつけて」
 アリスが男の腕に包帯を巻き終えたのを見て、アールがすぐに割って入った。
 「無礼な奴だな。俺は王族だぞ?」
 「失礼、何分、いくらか酔っていらっしゃるので」
 執事も男とアリスの間に割って入り、男にシャツを着せ掛け、金貨を置いて出て行った。
 「大丈夫か?」
 「え、ええ・・・」
 アールが尋ねると、アリスはまだドキドキしながら、触れられた頬をさすっていた。
 「何じゃ、お前もようやく独占欲というものに目覚めたか」
 師がからかうように言うと、二人とも顔を見合わせて肩をすくめた。

 数日が経った頃だった。
 施療院の扉をノックする音がして、常のごとくアリスが扉を開けた。
 そして、息を呑んだ。
 アリスの家の執事が立っていたのだ。
 「なぜここに――」
 「旦那様からのご命令です。今すぐ家へお帰りになるようにと」
 「いっ、嫌です!なぜそんな急に――」
 「どうしたんだ?」
 アールが騒ぎを聞きつけてやって来た。
 見ると、どこかの貴族の執事らしき男が立っているではないか。
 「こちらの施療院の方ですかな?お嬢様は学問をやめ、今すぐ家に戻られるようにと」
 「お嬢様・・・?」
 アールはアリスを怪訝な目で見下ろした。
 「違うの。待って、説明するから――」
 「説明など何も必要ございません。学校にもただいま手続きを済ませてきたところで――」
 「どうしてそんな勝手なことを!?」
 アリスはショックを受け、思わず涙が零れた。
 「アリス――!?」
 アールもただただ驚くばかりだ。
 「ご婚約者が見つかりました。さあ、お遊びはお終いです。家へ帰りますぞ」
 「遊びなんかじゃないわ!!婚約ってどういう――嫌っ!!」
 執事の後ろに控えていた男が二人、アリスの腕をつかんだ。
 アールは何もできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 「アール!違うの!遊びなんかじゃない!!私医者になりたい!!」
 アリスは叫び続けたが、やがて馬車に乗せられてしまった。

 その日の夜、アールは昼間の出来事を師に洗いざらい話して聞かせた。
 「本当なんですか?彼女が学校を辞めさせられたって」
 「ああ。残念じゃが・・・。親御さんの意向ではどうにもできん」
 師もがっくりと肩を落としていた。
 「そんな、彼女は成人です。成人が親の意向でなんて――」
 「アリスは貴族の娘じゃ。貴族の力の強さは知っておろう」
 「貴族って・・・先生は知っていたんですか!?」
 「師ならば知っておることじゃ。アリスはお前には何と言うたのじゃ?」
 「貴族の出身ではないと・・・」
 「ならば、そう名乗るそれなりの理由があったのじゃろうて。お前もショックじゃろうが、どうにもできんことじゃ」
 アールはいまだ信じられず、師が立ち去った後も呆然としているしかなかった。

 同じ頃、家に連れ戻されたアリスは、ただただ部屋で涙を流していた。
 そこへ上機嫌の父親と母親がやって来た。
 「久しぶりだな、アリス。学校は楽しかったか?」
 アリスは何も答えなかった。
 「さあさあどうした。お前の婚約者が見つかったのだぞ。素晴らしい方だ。ディアスシア伯爵のご子息、カルダ公だ!施療院でお前を見て一目惚れしたそうだ。よくやったな」
 「嫌です!」
 アリスは泣き叫んで訴えた。
 「私には心に思う方がいます!名前も存じない方と結婚などする気はありません!」
 「馬鹿なことを!ディアスシア伯爵といえば王族の中でも最も地位が高くていらっしゃるお方だぞ!この縁談に全てがかかっている。お前がカルダ公に嫁げば、お前もこの家も安泰なのだぞ!!」
 「地位など私には関係ありません!私には心に思う方がいるのです!」
 「いい加減になさい!」
 母親がたしなめるように割って入った。
 「わたくしはあなたの歳であなたを産んだのよ。わたくしたちの思いを分かっているの?全てあなたのためよ」
 「嘘です!私のためなんかじゃない!家系のためじゃない!」
 父親がパンッとアリスの頬を打った。
 「お前はこの家で育ててもらえただけでもありがたく思え!お前が生まれたとき女であることにどれほど失望させられたか――。里子に出されなかっただけでも感謝しろ!!明日はカルダ公がお見えになる!婚姻の契りを結ぶのだぞ!!」
 アリスは泣き崩れた。
 「嫌です――結婚などしません――っ!!」

 その夜、アリスの乳母を勤めてきた侍女アンナが、泣き続けているアリスの肩にそっと触れて言った。
 「お嬢様、差し出がましいようですが、このたびの縁談は素晴らしいもののようにわたくしには思えます。貴族の娘として生まれついたからには、お父上とお母上の望をかなえるのも、一つの務めではないでしょうか。旦那様と奥様を愛してはおられないのですか?」
 「・・・愛しています。でも、それとこれとは関係ないわ・・・」
 「そうでしょうか。・・・この縁談が上手くまとまらなかったら、お嬢様とは縁を切るとも旦那様はおっしゃておいででした。それでもよろしいのですか?」
 「そんな・・・」
 アリスは愕然とした。
 幼い頃から酷い扱いを受けてはきたが、紛れもない家族だ。
 「そんなことって・・・」
 「お嬢様、ご自分にとって何が一番大切か、今一度お考えくださいませ」

arrow-h-f10.gif         次へ



よろしければぽちっとお願いいたします

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
Category: Ivy | Comment(0) | Trackback(0)

Ivy-4

2013.02.21 (Thu)
 ある日の夕暮れ時、閉院の準備をしながら、アールは新しい紙の束がいることを思い出した。
 「アリシア」
 「はい」
 新しい綿の補充をしていたアリスは、一度その手を止めて顔を上げた。
 「これから街へ行くんだけど、良かったら一緒に行くかい?」
 アリスはサッと赤くなって、嬉しそうに頷いた。
 「あ、はい。お邪魔でなければ・・・」

 その頃は、ちょうど秋の収穫祭の前だった。
 大通りにはかぼちゃで作ったランタンや、野菜の人形などが立ち並んでいた。
 ガラガラと大きな荷車が音を立てて通り過ぎて行く。
 「あの荷物、これから海を渡るのね」
 荷車に焼印された判を見て、アリスが呟いた。
 「ああ・・・、海が見たいわ」
 アリスはうらやましそうに笑って、アールを振り返った。
 二人は夜店であたたかい飲み物を買って、店仕舞をしたばかりの靴屋の軒先に腰掛けた。
 旅人や商売人たちも、同じように通りの店の軒先に腰掛けて酒を飲んでいるのが目に付いた。
 「調子はどう?」
 アールは温かい果物のワインで冷たくなった手を温めていた。
 「勉強ですか?かなり順調です」
 アリスは、この時期には珍しい桃のスープを飲んでいた。
 「ただ、やっぱり王族の方の処置方法は、実際に拝見しないと理解できないかもしれません。二針分の傷が三十秒で治ってしまうなんて・・・」
 「ああ・・・、彼らの手当ては、僕もまだしたことがないんだ。あの辺りに王族なんかまず来ないからね」
 アールが苦笑すると、アリスもつられてクスクスと笑った。
 「もう収穫祭だけど、アリシアは家に帰らないのかい?」
 アールは通りで蝋燭やランプに照らされた飾り付けを眺めながら尋ねた。
 アリスは一瞬戸惑ってから、平静を装って答えた。
 「はい。勉強したいし、家にいるよりこちらにいるほうが楽しいですから」
 「家族は寂しいだろうね」
 アリスは精一杯笑って見せた。
 「アールは、クレメンティアには帰らないんですか?」
 「クレメンティアに?」
 アールは危うく噴出すところだった。
 「クレメンティアとここを往復するのに、馬に乗っていっても二日はかかるからね。滅多なことでは帰らないよ。そうだな・・・、成人するときに一度帰って、それっきりだな」
 「あ、そうなんですか」
 地理をほとんど知らない自分を、アリスは恥じたが、それからふと思いついて尋ねた。
 「・・・ずっと家に帰らなくて、寂しくないですか?」
 「そうだね・・・」
 アールはふと微笑んで、口をカップから離した。
 「あんまり考えたことなかったけど、今は寂しいとかは全く思わないよ」
 それまでずっと通りを眺めていたアールだったが、ちょっと微笑ってアリスを振り向いた。
 「それは、よかったです」
 アリスはびっくりして、まごつきながらそう答えた。

 通りをぶらぶらと歩いて、子どもの頃の話など、他愛もない話をしながら、アールはアリスを下宿の近くまで送ってきた。
 「二階の窓から飛び降りた!?」
 アリスの幼少期の話を聞いたアールは、アリスの外見とのギャップに度肝を抜かした。
 「ええ。お仕置きを受けて外出禁止になると、窓から蔦を伝って、途中から飛び降りました」
 「そういえば、君書庫の本棚にもよじ登ってたしね・・・」
 アールがしみじみというと、アリスは「それは忘れてくださいって言ったじゃないですか!」と慌てて取り繕った。
 やがて下宿が見えてくると、もう門限近くになるのに、一人の娘が中から出てきて、アリスにちょっと手を振ってから闇夜に消えていった。
 「これから出かけるのか?大丈夫かな」
 アールは何気なくそう言ったが、アリスが突然クスクス笑い始めたので、彼女が向かう先を理解して慌てて言い繕った。
 「いや、そうじゃなくて、夜道は危ないから――」
 「すみません――、ええ、わかってます、はい」
 まだクスクス笑いながら、目じりの涙を拭った。
 「それじゃあ、おやすみなさい」
 「おやすみ。また明日」
 アリスはちょっとアールを見つめてから、下宿の階段を上っていった。


 それから、さらに時が経ち、アリスが研修を受け始めてから一年が過ぎた。
 秋の暮れ、その日は晩秋の嵐の夜だった。
 施療院は早めに閉め、師はすでに帰途に着いた。
 ただ、アリスは近々試験があるので、まだ施療院に残っていた。
 アールもアリスの勉強に付き合い、気がつけば日もとっぷりと暮れていた。
 「もうこんな時間だ」
 アールが顔を上げて時計を見た。
 「ええ。ごめんなさい、こんな時間まで付き合わせて」
 「僕も習生の頃は必死だったからね」
 アールは腕を伸ばして大きく伸びをした。
 「寒いわ・・・」
 アリスは小声で言うと、自分の両腕をさすった。
 「なら、続きは離れでするかい?向こうの方がここより暖かいよ」
 アリスが驚いてアールを見上げると、アールは慌てたように手を振った。
 「いや、変な気はないよ」
 「ご、ごめんなさい。失礼ね、私ったら」
 アリスも赤くなってうつむいた。
 「昨日作りすぎたスープもあるから、行こう。」
 アールは立ち上がってアリスの教科書をパタンと閉じた。

 離れは確かに病棟の面影を残していた。
 しかし、今は使われているのはごく一部だけで、後はほとんど廃墟のような佇まいだった。
 それでも、アールが使っている部屋は修理されて暖かく、そこかしこの蝋燭が明るく部屋を照らしていた。
 食事をして、勉強の続きをしていると、凄まじい突風が吹いて、二人は顔を上げた。
 「すごい嵐ね・・・帰れるかしら」
 アリスは立ち上がって窓から外を見た。
 もう夜中に近い。
 真っ暗闇の中、雨と風が激しく窓を叩いていた。
 そのとき、アリスはふっと温かいものに包み込まれるのを感じた。
 「・・・・・・!」
 アールが、後ろからそっとアリスを抱き締めたのだ。
 「アール・・・?」
 アリスは驚きのあまり、やっとの思いでかすれた声を出した。
 「アリス・・・」
 そっと耳元でささやく声。
 「こんな雨の中、帰ってしまうのかい・・・?」
 「アール・・・」
 「いつも頑張っている君はとても素敵だ・・・でもたまに教科書以外のものも見てくれないかな・・・?例えば僕とか」
 ゆっくりと、アリスはアールと向き合った。
 「何もしないって・・・」
 「ごめん、無理だったね」
 アールは苦笑したが、アリスは口の中がからからに乾くのを感じていた。
 「アリス・・・」
 アールは優しく、ゆっくりとアリスの頬を撫でた。
 「君が好きだ・・・愛してる・・・」
 何度も何度も、彼の手は優しく彼女の金の髪を梳いていく。
 どれくらいの時間が経ったのだろう。
 二人は見つめあったまま、ただ佇んでいた。
 アリスは次第に緊張がほぐれ、ずっと抑えてきた感情が噴出すのを感じた。
 私は、貴族の娘・・・。
 婚姻前に誰かと契りを結ぶなど、あるまじきこと・・・。
 ・・・でも、それでもかまわない。
 私はアールをずっと・・・。
 「アール・・・」
 初めてその名前を呼ぶように、アリスはゆっくりと彼の名を唇に乗せた。
 「私も愛してるわ・・・」
 アールはただ嬉しそうに微笑んだ。。
 ゆっくりと、優しく二人の唇が重なる。
 
 長い夜が更けていった。


arrow-h-f10.gif         次へ


気に入っていただけたらぽちっとお願いします
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
Category: Ivy | Comment(0) | Trackback(0)
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。